カスハラは本当に利用者だけが悪いのか?電話対応に潜む「怒りの連鎖」を考える
近年、「カスタマーハラスメント(カスハラ)」という言葉を耳にする機会が増えました。
暴言や威圧的な言動が許されないことは言うまでもありません。現場で対応する職員や従業員を守ることは重要です。
しかし私は、この問題が語られるたびに少し気になることがあります。
利用者の行き過ぎた言動ばかりが注目され、その怒りがどのように生まれたのかという視点が置き去りにされてはいないだろうか。
そんな疑問を抱くことがあります。
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🌱カスハラの前にあるもの
もちろんカスハラの原因は一つではありません。
今回は、その中でも電話対応という極めて身近な場面に限定して考えてみたいと思います。
人は突然怒り出すわけではありません。
多くの場合、小さな不満やストレスが積み重なり、その結果として感情が表面化します。
もちろん、どのような理由があろうと暴言や威圧的な態度が正当化されることはありません。
しかし、だからといって利用者側の問題だけに矮小化してしまうと、本質を見誤るように思います。
怒りを生み出す要因がどこにあるのか。
そこにも目を向ける必要があるのではないでしょうか。
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🌱電話番号を探すところから始まるストレス
何か問い合わせをしようと思い、企業や行政機関のホームページを開く。
ところが、電話番号がなかなか見つからない。
問い合わせページを何度も移動し、ようやくたどり着いたと思ったら、
「受付時間は平日9時から17時まで」
という表示。
働いている人にとっては、その時間帯に電話をかけること自体が簡単ではありません。
問い合わせをする前の段階で、すでに疲れてしまうこともあります。
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🌱つながらない電話が不満を増幅させる
やっと電話をかけても、
「ただ今電話が大変混み合っております」
という音声案内が流れる。
どのくらい待てばよいのか分からない。
一度切ってかけ直すべきなのかも分からない。
しかも有料の電話番号であれば、待ち時間そのものが負担になります。
利用者からすれば、
「問題を解決したいだけなのに、時間も費用も失われていく」
という感覚になります。
これが何度も続けば、穏やかな人でも不満を抱くのは自然なことでしょう。
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🌱ようやくつながっても、また最初から
長時間待った末に担当者につながった。
ところが、途中で回線が切れてしまう。
すると再び最初からやり直しです。
音声ガイダンスを聞き、
番号を選択し、
順番を待つ。
さらに、担当者が変われば同じ説明を繰り返さなければならないこともあります。
企業側にとっては業務上の都合かもしれません。
しかし利用者にとっては、
「自分の時間や労力が軽視されている」
と感じる場面になりかねません。
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🌱チャット窓口が万能とは限らない
最近は電話の代わりにチャット窓口を設ける企業も増えています。
しかし実際には、
AIチャットでは解決できない。
有人チャットは混雑している。
結局は電話してくださいと言われる。
そんな経験をした人も少なくないでしょう。
便利になるはずだった仕組みが、かえって利用者を遠回りさせているケースもあります。
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🌱「利用者の問題」で終わらせてよいのか
私は、カスハラ問題を考えるとき、
利用者の側だけを見るのではなく、利用者を怒らせる仕組みにも目を向けるべきだと思っています。
⚠️電話番号が見つからない。
⚠️なかなかつながらない。
⚠️同じ説明を何度も求められる。
⚠️解決までに膨大な時間がかかる。
こうした状況が積み重なれば、不満や苛立ちは確実に蓄積されます。
もちろん、それが暴言や威圧的な言動を正当化する理由にはなりません。
しかし、利用者の感情が悪化する背景を無視していては、問題の根本的な解決にはつながらないでしょう。
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🌱本当に必要なのは何か
カスハラ対策というと、利用者への注意喚起や厳格な対応方針が注目されます。
それも必要でしょう。
しかし、それだけでは十分ではありません。
🌸問い合わせ先を分かりやすくする。
🌸待ち時間を減らす。
🌸受付時間を見直す。
🌸担当者間で情報を共有する。
🌸チャット窓口を実際に機能するものにする。
そうした改善によって、そもそも怒りが生まれにくい環境を整えることも重要ではないでしょうか。
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🌱🌱おわりに
カスハラという言葉が広まるにつれ、利用者側だけに原因を求める風潮も強まっているように感じます。
しかし、人の怒りは突然発生するものではありません。
その背景には、長い待ち時間や複雑な手続き、不親切な仕組みといった要因が存在することもあります。
カスハラをなくしたいのであれば、利用者を取り締まることだけではなく、利用者を怒らせる仕組みが存在していないかを見直す視点も必要です。
問題を起こした人だけを見るのではなく、問題を生み出す構造にも目を向ける。
それが、本当の意味での対策につながるのではないでしょうか。
もちろん、多くの窓口担当者は限られた人員と環境の中で懸命に対応されています。
本稿は現場の担当者を批判するものではなく、利用者と担当者の双方が疲弊しにくい仕組みについて考えるための問題提起です。
