道は、たゆまず、ひらいてゆく
十一月十五日、香椎宮
まだ夜の名残が濃い朝。
先週よりもさらに暗い。
肌を刺すような冷たさの気配が、季節の深まりを告げていた。
鳥居をくぐった瞬間、空気が澄みわたり、
しょうぶ池まで続く参道は、静寂の奥でひそやかに光っていた。
池の水は、鏡のように澄んでいる。
風もなく、ただ清らかな気だけが満ちていた。
やがて六時の太鼓が響く。
一打一打が、夜明け前の空気を割き、
胸の奥をまっすぐに整えてゆく。
本殿で手を合わせ、
弁財天様の前でも深く礼をする。
ここでもまた、
しょうぶ池の水は底まで見えるほど澄んでいた。
ああ、今日もよい一日の始まりだ──
その確信だけが、静かに胸へ落ちていった。
十日恵比須神社へ
香椎宮を辞し、朝焼けの空を仰ぎながら十日恵比須神社へ向かう。
ケンさんが毎朝ここへ参拝していると聞いた。
その理由を訊ねると、
「商売繁盛の神様だから」
と、短く、迷いなく答えられた。
神事を大切にされる方。
なぜあれほど親近感が湧いていたのか、
その理由がすっと腑に落ちた。
先日、グループ会社の社長に就任されたばかりのケンさん。
そのご報告を受けたあの日から、
心のどこかでずっと伝えたかった感謝を、この日ようやく届けることができた。
参道を抜けると、社殿が朝の光を受けて静かに輝いていた。
今日もまた、ひとつ道がひらかれた気がした。
十一月十六日、田脇日吉神社へ
前日の夕方に目に飛び込んできた「龍神展」の案内。
初めて聞く神社の名だったが、
なぜかその瞬間、
「ああ、行くことになる」と分かった。
朝日が差し込む頃、田脇日吉神社へ到着。
鳥居をくぐった瞬間、
香椎宮とはまた違う、芯の通った清らかな気が身体を包んだ。
境内に伸びる空気の流れが心地よい。
大山祇神、木花咲耶姫──
ここにもまた、最近深くご縁をいただいている御祭神のお名前が並ぶ。
そして、楼門と本殿の屋根にあしらわれた、
後ろ足を跳ね上げたような勇ましい狛犬。
まるで空へ駆け上がる龍のような勢いを秘めていた。
見上げた空には、龍雲。
裂くように伸びる白い雲が、
境内の澄みきった空気に溶け込み、
まるで天が息づくのを見ているようだった。
参拝を終え、境内の脇へ続く道を歩くと、
ひっそりと恵比寿様が祀られていた。
この石は、古来より“大きくなる石”と言われ、
近隣の商家が「この石が膨らんで弾けた」と伝えた記録も残るという。
商売繁盛の石──
昨日の十日恵比須神社に続き、
二日続けて恵比寿様に導かれる流れに、思わず胸が熱くなる。
境内では七五三や龍神展で多くの参拝者がいたが、
この恵比寿様の場所だけは誰もいなかった。
だからこそ、静かに向き合えた。
帰りに駐車場で空を見上げると、
さきほどの龍雲は跡形もなく、
ただの秋空が広がっていた。
境内で見たあの雲は、
やはり特別だったのだと思う。
社務所では、十種神寶護符と月神守りを授与していただいた。
今日という日が、また次の道を照らしてくれる気がした。
十一月十五日の東京、武蔵野S。
ルクソールカフェ。
三歳にして古馬をねじ伏せる堂々たる勝ちっぷり。
直線での反応、しまいの脚。
レーン騎手の言葉には、手応え以上の“確信”があった。
同じ日の京都、デイリー杯2歳S。
アドマイヤクワッズがコースレコードで無傷の二連勝。
200メートルにも及ぶ一騎打ちを制した姿は、
未来のGⅠ戦線へと続く光そのものだった。
翌十六日の京都では、エリザベス女王杯。
レガレイラ。
直線での伸びは、
まるで心の奥底まで風が吹き抜けるような迫力だった。
どのレースも美しく、強く、
それぞれに“ひとつの物語”が刻まれた。
今年のエリザベス女王杯を見届けながら、
自然と、あの一通のLINEを思い出した。
二〇一七年七月十九日。
目黒さんから届いたメッセージ。
──突然ですが、エリザベス女王杯に行くことになりました。
君は無理だよね。でも、もし脈があるなら検討してみてください。
あの文面を読み返すたび、胸がじんわりと熱くなる。
秋の遠征計画を立てて、
毎日王冠、菊花賞、天皇賞、ジャパンC。
忙しい時期にも関わらず、
「どうせなら一緒に行こう」と声をかけてくれたこと。
親子ほど歳が離れ、
育った環境も、仕事も、何もかも違うのに、
目黒さんはいつも“同じ景色”を見せてくれた。
競馬は、ギャンブルなどではない。
人生と同じ rhythm を刻み、
人と人をつなぎ、
記憶を未来へ引き渡す“祈り”そのものだ。
あの遠征で泊まったホテルは、
今思えば特別変わった場所だったが、
目黒さんと食べたお好み焼きの温度や、
夜の風の匂いまで、今も覚えている。
あの日々が、
いまの自分を“つくっている”のだと、
この歳になって、ようやく分かる。
香椎宮で澄んだ水面を見つめ、
十日恵比須神社でケンさんの言葉を思い、
田脇日吉神社で龍雲を仰ぎ、
競馬で胸を震わせ、
目黒さんの記憶が温かく甦った二日間。
すべてが、ひとつの流れでつながっていた。
道は、いつも突然ひらけるのではない。
静かに、確かに、
“お導き”の方へと寄り添うように曲がり、
ある日ふと、光を迎える。
その光に気づけるかどうかは、
日々、どんな姿勢で生きているかだけなのだと思う。
今週もまた、
ひとつ道がひらかれた。
そして、きっと来週も──
まだ見ぬ光が、そっと待っている。
