変わりたい。でも、変われない。
電車が駅を出る。
イヤホンから、
大好きな曲が流れてくる。
私は吊り革を握りながら、
スマホのメモを開いた。
そこには、
昨日本を読んで気づいた
言葉が書いてある。
「明日は、最後まで話を聞く。」
今では、
朝のルーティンになっている。
今でこそ、毎日本を読んでいるが
昔の私は、
本がまったく読めなかった。
本を開いても、
数ページで眠くなる。
しおりだけが増え、
最後まで読み切れた本はほとんどない。
机の端には、
買ったまま積まれた本。
いつの間にか、
景色の一部になっていた。
「本を読めば変われる。」
その言葉だけは、
何度も聞いてきた。
でも、
本を開くたびに眠くなる私には、
ずいぶん遠い話だった。
だから、
本屋へ行っても手は伸びない。
新刊が並んでいても、
そのまま通り過ぎていた。
その景色が変わったのは、
仕事で答えが見つからなくなってからだった。
家に帰っても、
頭の中だけは会社に残っている。
「どうして伝わらないんだろう。」
ソファーに座ったまま、
時間だけが過ぎていく。
考えても、
次の日になると、
また同じことで悩んでいた。
何か変えなければ。
そう思って、
もう一度だけ本を開いた。
やっぱり読めない。
文字を追っているのに、
頭には残らない。
本を閉じて、
スマホを開く。
「本 読めない」
そう検索して見つけた記事に、
指が止まった。
目で読むより、
耳で聞く方が入りやすい人もいる。
読む。
その一つしか、
方法はないと思っていた。
だから、
試してみた。
最初は、
無料で聞けるものだけ。
通勤中。
洗い物をしながら。
散歩をしながら。
気になった言葉を、
メモに一つだけ残した。
全部覚えようとは思わない。
明日、
試したいことを一つだけ。
翌朝。
電車の中で、
その一行を見返す。
「今日は最後まで人の話を聞いてみよう。」
それだけ決めて、
会社へ向かった。
うまくできた日もある。
気づけば途中で話し始め、
帰りの電車で、
「また口を挟んでしまった。」
そう書いた日もあった。
翌日は、
「質問を一つ増やしてみる。」
その次の日は、
「否定しない。」
また次の日は、
「ありがとうを一回増やす。」
たった一行。
でも、
その一行があるだけで、
昨日とは少し違う一日になった。
帰りの電車。
メモを開く。
「最後まで聞いたら、
部下が自分から話し始めた。」
その一行を書いた日だけは、
今でも覚えている。
本を一冊読み終えた日は、
思い出せない。
でも、
試してみて、
誰かの反応が少し変わった日は、
不思議なくらい覚えている。
気づけば、
本を読むことが目的ではなくなっていた。
本を閉じるたびに、
メモが一つ増える。
メモが増えるたびに、
試すことが一つ増える。
その繰り返しが、
動かなかった私を、
少しずつ前へ運んでくれた。
電車が駅に着く。
イヤホンを外す。
スマホをしまう。
今日のメモも、
一行だけ。
ドアが開く。
私は、
その一行を持って歩き出した。
