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舞台 「ピカソぶっ飛ばせなくて、ごめん」 観劇レビュー 2026/08/26


写真引用元:東京にこにこちゃん 公式X(旧Twitter)


写真引用元:東京にこにこちゃん 公式X(旧Twitter)


公演タイトル:「ピカソぶっ飛ばせなくて、ごめん」
劇場:下北沢ザ・スズナリ
劇団・企画:東京にこにこちゃん
作・演出:萩田頌豊与
出演:今立進、木乃江祐希、髙畑遊、西出結、てっぺい右利き、加藤美佐江、東野良平、立川がじら、猫背椿
期間:8/26〜8/30(東京)
上演時間:約1時間35分(途中休憩なし)
作品キーワード:ナンセンスコメディ、芸術家、家族、親子、ノンフィクション
個人満足度:★★★★★☆☆☆☆☆


劇作家・演出家の萩田頌豊与さんが主宰する劇団「東京にこにこちゃん」の新作公演を観劇。
「東京にこにこちゃん」は、昨年(2025年)には、小劇場演劇の登竜門とも呼ばれる三鷹市芸術文化センターによるオリジナル事業「MITAKA "Next" Selection 26th」に選出され、勢いのある若手演劇団体の一つである。
私自身「東京にこにこちゃん」の演劇作品は、『ドント・ルック・バック・イン・マイ・ボイス』(2025年10月)を観劇したことがあり、その他に萩田さんの作演出作品は、爍綽と『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー!!』(2025年1月)で萩田さんの代表作の一つを観劇したことがある。

物語は、萩田さんの自伝的要素を含む、萩田さん自身の父親を主人公としたナンセンスコメディとなっている。
主人公の藤田モン(今立進)は佐渡に住んでおり、ピカソのような偉大な画家を目指して東京に上京したいと思っていた。
モンには、小笠原留乃(猫背椿)という好きな女性がいて、兄の藤田北斎(立川がじら)や母の藤田トキ(加藤美佐江)も佐渡に住んでいた。
モンには宮古盤(てっぺい右利き)という親友もいる。
モンは上京すると、今度はフランスのパリに行って画家を目指したいと思うようになる。
モンは、東京にいる間に伊豆増江流女(西出結)や利尻怒我(木乃江祐希)といった女性たちと結婚しては離婚してを繰り返す。
そんなフランスパリにいる最中に、モンの息子の藤田衣衣透(東野良平)が生まれ...という話である。

「東京にこにこちゃん」の萩田さんの作劇らしく、ナンセンスコメディとしてストーリーは進んでいくのだが、萩田さんの実在した父親の人生をベースに描かれているので、どこか現実味もあってヒューマンドラマとして心動かされるシーンもあったり、かと思いきやグロテスクな描写が出てきたりして非常に不思議な感覚にさせられる演劇だった。
例えると、色々な味のする飴玉を同時に舐めていて、酸っぱかったり甘かったり苦かったりみたいなのが変わる変わるやってくるような、そんなあまり観劇していても経験することがないような心地にさせられた。

「東京にこにこちゃん」の作風は、いつも疾走感と爽快感のあるナンセンスコメディをイメージするのだが、今作はナンセンスコメディなのに何らか観客が持ち帰ることの出来る、意味のあるメッセージ性を掴み取ることが出来る演劇作品になっていたように思う。
本作も、実在した破天荒な萩田さん自身の父親像を通じて、芸術家として生きることと家族の物語としてグッとくるものがあった。
画家を目指したいという思いで、東映スタジオに無許可で乗り込んでしまったり、様々な女性に恋したり、死を考えたりと、そんな中に家族という存在と息子の衣衣透の視点があって考えさせられた。

また、萩田さんの父親をモデルにしている藤田モンは、同時に日本の画家の藤田嗣治をも想起させると思う。
画家という一人の芸術家としてフランス・パリに行って画家として修行して、様々な女性と結婚するという破天荒な生き様が似ているからである。
そこから、非常に言語化の難しくて魅力のある人間臭さを感じ取ることが出来る。
ただ、そのヒューマンドラマを力強く感動系として描くのではなく、ナンセンスコメディの比重を高くして描くことで、観客に様々な味のする飴玉を舐めているような、不思議な観劇体験を提供していて、面白かったと一言で表現するのが難しいくらい、強烈な印象を残す演劇になっていて素晴らしかった。

そして、「東京にこにこちゃん」の芝居といったら、当劇団でよく出演されている俳優たちのキャラの際立った演技を拝見できて良かった。
今回主人公の藤田モン役を演じた、お笑いコンビ「エレキコミック」の今立進さんの味のある演技が良かった。
ピカソのような偉大な画家になりたいと夢を持って破天荒な行動を次々としていく姿が良かった。
さらに常連の出演者でいくと、宮古盤役を演じたてっぺい右利きさんは、相変わらず彼にしか出せない演技力で笑いを取っていたし、伊豆増江流女役の西出結さんは、いつも以上に存在感のある女性になっていて、どんどん垢抜けた女性になっている点も良かった。
藤田衣衣透役を演じた東野良平さんは、どこか萩田さんの面影を感じられて、だからこそ途中で萩田さんの家族を描いた作品なのではないかと気がついた。

今後ますます売れていく「東京にこにこちゃん」の出世作を多くの人に体感して欲しい。

写真引用元:ステージナタリー 東京にこにこちゃん 本公演「ピカソぶっ飛ばせなくて、ごめん」より。(撮影:明田川志保)




【鑑賞動機】

「東京にこにこちゃん」の新作公演をついに下北沢ザ・スズナリで上演するというので観劇することにした。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。

演歌『天城越え』が流れる中暗転して開演する。
佐渡、藤田モン(今立進)と小笠原留乃(猫背椿)は二人で海を眺めている。二人は高校生で相思相愛のようである。モンは絵描きになりたいから東京に上京したいと留乃に言う。東京が俺を呼んでいると。留乃は、東京に行かないで佐渡にいても絵描きにはなれると言う。
そこへ、モンの兄の藤田北斎(立川がじら)と、宮古盤(てっぺい右利き)が登場する。盤は、ダリという女性と付き合っていたが別れたと言う。そして急に変な声で泣き出すので、留乃から爆発するのかと思われる。
モンが東京に行くと言うので、盤もモンと共に東京に行きたいと言い出す。そして留乃もモンと一緒に東京に行くと言う。
ガールズショーが開かれ、3人の女性がランウェイを歩く。

モンは東京に渡って練馬で暮らし始める。モンは絵を描いても売れず生活も苦しいので、自分も働くと言い出す。しかし、留乃からはモンが働いたら本末転倒だと言われる。モンはフランスのパリに渡って画家として修行を積みたいと言い出す。フランスへ行ってピカソに会うのだと。留乃はモンの描く絵が好きだと言ってくれる。
モンと盤は、東映スタジオに乗り込んだら役者として仕事をくれると聞いたので乗り込むことにする。二人は乗り込むと、東映スタジオで先生をやっていた小平太(髙畑遊)にここは立ち入り禁止だと厳しく言われる。二人は、乗り込んだら役者になれると聞いたら面白がられて受け入れられる。
留乃は、子供たちを連れて東映スタジオの見学にやってくる。しかし、小平太に立ち入り禁止だと叱られる。その後モンもやってきて、なぜか別れ話になる。

モンは佐渡にいる北斎と電話する。モンは盤と一緒にフランスのパリに向かうと告げる。
モンと盤は東京からパリに向かう。そこで偶然留乃と出会う。留乃はフランス語のような言葉でセーヌ川やエッフェル塔について語る。モンは留乃にプロポーズして結婚することになる。
モンと留乃の間に息子が生まれる。息子の名前は、衣衣透(東野良平)と名付ける、気持ち悪いと言われる。兄の北斎とも電話してお祝いされ、東映スタジオの小平太からも祝福される。
モンの絵画がフランスで売れ始める。フランスの首相もモンの絵画を絶賛していたと。そしてモンはピカソに会うことが出来る。
モンと衣衣透は、二人で語り合う。モンは衣衣透に諭す、絵を見ればその人の人生が分かると。だから正直な人になれと。衣衣透は、モンが映画監督をした『バトルロワイヤル』や『吉原炎上』は見たし好きだったと言う。しかし、そこへ留乃がやってきて、『バトルロワイヤル』を撮ったのは深作欣二だと言う。そして留乃は、モンのことを佐渡でずっと遊びまくって借金までしていい加減にして欲しいと言われる。

佐渡にて、モンと佐渡島打季(髙畑遊)が言い合っている。打季はモンに東京に行くってどういうこと?、この家を継ぐんじゃなかったのと問い詰められている。モンの母親である藤田トキ(加藤美佐江)は、打季に謝っている。モンがバカ息子でごめんなさいと。
打季はモンを殴ろうかと言うが、モンは別れないと言うので、なんか殴られるのが嫌だから別れないと言っているように聞こえると打季は言って、そのままその場を後にする。この打季こそがモンの一人目の妻だった。

モンは東京に上京して練馬に住んで、行きつけのバーを見つける。そこでは、店員の伊豆増江流女、通称フェルメ(西出結)が働いていた。フェルメはモンのことが好きで、二人はお互い親密になる。そしてフェルは、モンが描く絵についても褒めてくれていた。その上で、モンがピカソに会いに行くためにフランスのパリへ行きたいという夢も応援してくれていた。
しかし、モンは佐渡にいる兄の北斎から受け取っている大学の学費のためのお金を、すべて麻雀などの遊びに使ってしまっていた。フェルメもそんなモンが遊び放題であることに呆れ始めて仕事をして欲しいと言うようになる。
挙げ句の果てに、モンは東映スタジオに無許可で乗り込んで逮捕されてしまい、フェルメに呆れられて離婚することになった。なんだかんだ長い結婚生活だったようだった。

利尻怒我(木乃江祐希)という保育士がいた。たかしという子供(加藤美佐江)が砂場で遊んでいるが、砂場にたかしが出ようとするたびにキツく叱りつけている。そんな怒我の元にモンは近づき話しかける。
怒我は、子供のことが嫌いだと言う。なんで嫌いなのかとよく聞かれるが、嫌いなものに理由はないと言う。その後二人はどういう仕事をしているかの話になり、モンの画家という仕事に対して自由なの好きだから良いと言ってくれる。
怒我はジャンケンが好きで、それはグーとチェキとパーで勝負が決まるということが凄いからであり、二人はじゃんけんして怒我はモンよりも高い場所にグーを出したので勝ったと言って、結婚して欲しいとプロポーズする。
モンは怒我に、しばらく家を留守にすると言って長い間怒我を一人にする。絶対に戻ってきてと言ったのになかなかモンは戻ってこない。戻ってきたと思ったら、たかしという子供に伝言を授けていた。怒我は悲しくなって涙した。

佐渡にて、モンはしばらくぶりに東京から佐渡に帰ってくる。打季と再会する。実はこの間に2人の女性と結婚して離婚したと言う。母のトキは、兄の北斎の会社の経営も大変で、どうしようもない息子たちだと言う。
兄の北斎はモンにこう言う。人生逃げれば勝ちだと。そう言って北斎は自ら命を絶ってしまう。
その後モンはフランスパリに渡って、小笠原留乃と出会い5度目の結婚をする。衣衣透は、モンと留乃の間にパリで生まれた子供であった。衣衣透は、モンと留乃が手を繋ぐのを見たことがなかった。
記者に質問されて衣衣透は、自分の父であるモンの人生を語る。佐渡生まれで5人の女性と結婚をして、そのうちの最後の女性との子供が自分であると。父は東映スタジオに乗り込んで逮捕されたり、パリに行ったりしたが、自分が14歳の時に亡くなったと告げる。スキー教室へ行って帰ってきた時だったと。
留乃は衣衣透に、あんな父親は最低だったと言う。
衣衣透がスキー教室から帰ってきた直後、父親のモンから何も連絡がなかったので警察(てっぺい右利き)と共に父の部屋へと入る。モンは寝ているだけだと最初は衣衣透は安心したが、モンを触ってみると沈むことが分かり、すでに死体が腐敗していた。警察は大声で叫んで狼狽する。

衣衣透は考える。父の今までの人生は全部嘘だったのではないかと。そこから衣衣透の独白が始まる。
まず、打季という女性はいなかったのではないかと、打季は消える。そして兄の北斎もいたかどうか怪しい。いかんせん弟にそんな一方的にお金を渡す人がいただろうかと。
フェルメについても、いたと仮定してもきっとモン自身が振ったのだろうと。そして一回の逮捕で離婚するはずがないと。
怒我に関しては、そもそもそんな保育士は変だといないに違いないと考える。
そこからステージ上は音楽と共にカオスになり、腕を引きちぎってチャンバラを始めたりする。そして、ずっとカーテンがされていた部分が取り払われて女性のヌードの絵画が出てくる。ここで上演は終了する。

この物語が、一部創作はあるといえど、大部分を萩田さん自身の父親の人生として描いていて、萩田さんの父親はとてつもなく破天荒な人生を送っていたのだなと思った。5人の女性と結婚離婚を繰り返して、東映スタジオに乗り込んで逮捕されて、フランスパリに渡って、そして最後は自殺をしてしまうという最期だったが、本当にドラマにすべき人生だと思うし、芸術家として生きていく力強さを感じた。
そして、藤田嗣治の人生とも重なるのが凄いなと感じた。藤田嗣治も昭和初期の頃の画家としてフランスに渡ってピカソに出会っているので、その破天荒ぶりも反映されていた。
萩田さんのことを詳しく知っていたら萩田さんの父親をイメージするだろうし、そうでなければ藤田嗣治を想起する人もいるだろうと思い、楽しみ方が視点が違うことで全く観劇体験も変わってくるという脚本構成も面白かった。
そして、ナンセンスコメディなのにここまで意味のあるものにしてしまう萩田さんの作劇の力強さを感じた。

写真引用元:ステージナタリー 東京にこにこちゃん 本公演「ピカソぶっ飛ばせなくて、ごめん」より。(撮影:明田川志保)


【世界観・演出】(※ネタバレあり)

様々なシーンが登場するので具象舞台ではなく抽象舞台ではあったが、舞台セットとしては作り込まれていて画家をテーマとした作品らしい世界観が広がっていたと思う。
舞台装置、舞台照明、舞台音響、その他演出について見ていく。

まずは舞台装置から。
ステージ上には広い平台が2段ほど広がっていて、その段差には小さな階段がかけられている状態だった。また、天井からは大小様々な額縁が吊るされていて、画家をテーマとした演劇作品にありがちなセットだなと感じた。
そして、下手側と上手奥側と、上手手前側にそれぞれ白いカーテンがかけられた巨大な額縁も存在した。序盤から終盤まで、その白いカーテンはかけられたままだったのだが、終盤になるとそのカーテンは完全に取り外され、上手奥側の巨大な額縁からは、萩田さんの父親が本当に描いた女性のヌードの絵画が登場する。
白いカーテンを上手く活用することで、終盤にかけて舞台セットが変化することで、ステージ上の展開と共に混沌としてくる世界観を表現していたのが面白かった。

次に舞台照明について。
奇抜な照明演出というものはなかったが、ラストシーンの混沌としたシーンではやや主張のある照明演出がされていた記憶である。それ以外のシーンについては、役者が会話が繰り広げられているスポットに照明が当たってというのが多かった印象である。

次に舞台音響について。
まず客入れ時の演歌が沁みた。全然演歌が流れる雰囲気の作品ではないのだけれど、思いっきり演歌が流れているの良いなと思った。開演のタイミングでは石川さゆりの『天城越え』が流れていた。
あとは、ラストシーンで腕がちぎれてチャンバラをするシーンで流れていたロックみたいな激しい音楽も印象に残った。

最後にその他の演出について。
額縁の使い方が印象的だった。舞台セットとして仕込まれている額縁もあるのだが、小道具くらいの小さな額縁もあり、その額縁には白い紙が貼られているのだが、それをモンが破局したタイミングで女性側が破っていくのが印象的だった。モンの夢を打ち破られたような印象に思えた。
ラストシーンの腕が取れて、その取れた腕をチャンバラで使う演出がグロテスクだった。あまり「東京にこにこちゃん」のナンセンスコメディにはグロテスクな描写はないイメージで、どちらかというとケラさんが描くナンセンスコメディにグロテスクな描写があるイメージだったが、「東京にこにこちゃん」の芝居でこのようなシーンが見られるとは意外だった。
あとは全体的にボケが満載で、全体のシーンでどのくらいネタが仕込まれているだろうか分からないくらいボケがあった。そしてそのボケが、ナンセンスコメディでいきなり差し込まれるボケが多いので、萩田さんの芝居を観られた多幸感があった。
また、役者のキャラを上手く活かしていて、加藤美佐江さん、西出結さん、てっぺい右利きさん、髙畑遊さんのキャラを上手く活かした作劇になっていた。逆に萩田さんが、今まで起用したことがない人だけで演劇を創作したらどうなるのかも気になった。

写真引用元:ステージナタリー 東京にこにこちゃん 本公演「ピカソぶっ飛ばせなくて、ごめん」より。(撮影:明田川志保)


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

「東京にこにこちゃん」の作品でお馴染みの小劇場俳優たちを中心に個性豊かな顔ぶれで、この座組だからこそ実現できる笑いの詰まった演劇作品となっていた。
特に印象に残った役者について見ていく。

まずは、主人公の藤田モン役を演じたお笑いコンビ「エレキコミック」の今立進さん。今立さんの演技は初めて拝見する。
萩田さん自身の父親をモデルにしたキャラクターだが、もちろん生き方は破天荒でぶっ飛んでいるのだが、周囲の人間の個性に比べると落ち着いていたなという印象だった。それは、画家になりたいという夢を持って生きていくも、家族のことや人生のことで辛くなっていく様子も分かるからであり、そういった感情変化が演技に反映されているから、ずっとぶっ飛んだキャラでいる感じには見えなかった。
ナンセンスコメディであるが、そういう哀愁漂うような観客を惹きつける演技がモンにはあったからこそ、観客は何か感情を掻き立てられるのだろうなと思った。
ただ面白かったにはしない作品になっていたのは、今立さんの演技も大きく影響していたと思った。

次に、息子の藤田衣衣透役を演じた劇団「地蔵中毒」の東野良平さん。東野さんの演技は、舞台『カッコーの巣の上で』(2026年6月)、『砂の女』(2026年4月)、ヌトミック『彼方の島たちの話』(2025年11月)、東京にこにこちゃん『ドント・ルック・バック・イン・マイ・ボイス』(2025年10月)、はえぎわ『幸子というんだほんとはね』(2025年3月)、爍綽と『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー!!』(2025年2月)で演技を拝見している。
東野さんはここ1年間で様々な舞台に出演されていて、その度に私は演技を拝見しているが、本当に演技の幅の広い俳優だなと思う。東野さんがただ笑いを取りにいく演技をするのではなく、今立さんと同じでこのナンセンスコメディに対して、観客が何か感情を揺さぶられて持ち帰るものを提供してくれる重要な存在として発揮していたと思う。
衣衣透は、比較的この作品の傍観者として、そして観客目線に一番近い立場で存在していると思う。そして、この衣衣透は萩田さん自身をモデルにしている。実はこの作品が、萩田さんの父親の物語なのではないかと気がついたのも、実は東野さんの衣衣透役の演技を拝見して、萩田さんがよぎったからである。
そして、モンと衣衣透の二人の親子のやり取りには、この作品上の親子という設定だけではなく、萩田さん自身の父と子のやり取りだと受け取ると、色々深いものを感じるので、その点も本作のヒューマンドラマとしての強度を作っていたと思う。

次に、宮古盤役を演じたてっぺい右利きさん。てっぺいさんの演技は、東京にこにこちゃん『ドント・ルック・バック・イン・マイ・ボイス』(2025年10月)、爍綽と『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー!!』(2025年2月)、くによし組『ケレン・ヘラー』(2024年12月)で演技を拝見している。
てっぺいさんしか出せない強烈な演技で、序盤からアクセル全開で笑いを取りにいっていたと思う。泣いているのかそうでないかよく分からない演技は、絶対てっぺいさんでしか出来ない演技であるし、序盤にてっぺいさんのシーンのメインを持ってくるところも、萩田さんは上手いなと思った。それによって、だいぶ序盤から客席の緊張感が無くなった気がした。
そして、モンが死んでいるのを発見するシーンで、驚いてあんな演技をやってのけてしまうてっぺいさんも凄い。あのシーンをコミカルに見せるのは難しいし、加減も凄く大事だが良い塩梅になっていて素晴らしかった。

伊豆増江流女、通称フェルメ役を演じた西出結さんも素晴らしかった。西出さんの演技は、劇団アンパサンド『デンジャラス・ドア』(2025年10月)、『遠巻きに見てる』(2025年4月)、『歩かなくても棒に当たる』(2024年8月)、東京にこにこちゃん『ドント・ルック・バック・イン・マイ・ボイス』(2025年10月)、五反田団『愛に関するいくつかの断片』(2022年5月)で演技を拝見している。
西出さんの演技は、劇団アンパサンドの作品だと気弱なOLというイメージが強く、いつも声が小さくて弱々しい女性のキャラによって笑いを取っているのだが、東京にこにこちゃんの芝居になると全く違くて、どちらかというと煌びやかな清楚よりの女性になる。このギャップが素晴らしかった。
東京にこにこちゃん『ドント・ルック・バック・イン・マイ・ボイス』でも、その真っ直ぐな女性役が良かったのだが、本作ではさらに磨きがかかっていて、西出さんのイメージを180度変えるような感じでフェルメという女性が、芸術家に憧れる若かりし女性として、とても好感の持てるキャラクターになっていた。
これは西出さんのファンも増えるのではと思えるくらい、演技幅が素晴らしい俳優だと感じた。

また、藤田トキ役や子供のたかし役を演じた加藤美佐江さんも素晴らしかった。加藤さんの演技は、東京にこにこちゃん『ドント・ルック・バック・イン・マイ・ボイス』(2025年10月)、画餅『ウィークエンド』(2024年5月)で演技を拝見したことがある。
加藤さんの演技も、てっぺいさんと同じで彼女にしか出せない強烈なキャラを持っている。特に本作では子供のたかし役が良かった。砂場で遊んでいていつも保育士の怒我に叱られているたかしが、本当にリアルの子供らしくて、こんな感じの男の子いるなと思ってしまう。その解像度が素晴らしいなと感じる。
また、汗かいていて、唐揚げが好きみたいな意味分からないことを呟く幼稚園児の感じも凄くリアルで、心の奥から笑いが込み上げてきた。

最後に、利尻怒我役を演じた木乃江祐希さんも素晴らしかった。木乃江さんの演技は、ナイロン100℃『江戸時代の思い出』(2024年6月)、ほりぶん『一度しか』(2022年10月)で演技を拝見している。
怒我の保育士というキャラクター設定が好きで、子供嫌いなのになんで保育士やっているんだよとか、じゃんけんでどうして上に出した方が勝つんだよとか、そういうナンセンスな要素が一番強いキャラクターで印象に残った。

写真引用元:ステージナタリー 東京にこにこちゃん 本公演「ピカソぶっ飛ばせなくて、ごめん」より。(撮影:明田川志保)


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

ここでは、本作の脚本について考察していこうと思う。

私が観劇した8月26日ソワレの初回のアフタートークは、サバンナの高橋さんが登壇されていて、萩田さんとサバンナ高橋さんの対談を生で拝見できてとても楽しかった。
やはり、お笑い芸人の方は作品の魅力を語るのなど上手いなと感じた。サバンナ高橋さんのあのテンションもあると思うが、作品の魅力が色々伝わってきて改めて良い演劇作品を観ることが出来たなと思えた。

さて、本作は萩田さん自身の父親をベースに描いた作品であるそうで、萩田さんのお父さんが佐渡で生まれて、結婚を5回して、東映スタジオに乗り込んで逮捕されて、フランスパリで息子である萩田さんを生んで、そして萩田さんが14歳の時に自死で父親を亡くしているということは事実のようである。
そう考えると、萩田さんは凄い家庭環境で育ってきたのだなと驚いた。逆にそんな萩田さんが、なんで演劇をやろうと思ったのかが気になった。
萩田さん自身、破天荒な父親について、もちろん人間としてダメな部分が沢山ある父親というのはあると思うが、それだけでは片付けられない、惹きつけられた何かがあるのだなとこの作品を観て思う。
思ったのは、正直な人になれというモンの台詞。これは実際に萩田さんの父親が息子である萩田さんに言った言葉なのか気になった。事実であって欲しいと思う。

まさに萩田さんは、この作品を通じて正直に自分の人生を語っている。それは、まるで絵画を演劇に置き換えたような感じである。演劇も、その作品から創作者の人間性が分かったりするが、絵画でも同じであるということがこの作品のメッセージ性だろう。
絵画は永遠に残り続ける。ラストに登場した女性のヌードの絵画は、実際に萩田さんの父親が描いた絵画であるそうである。父親は亡くなっていても、こうやって絵画は残り続ける。その人の生き様がそこにある。芸術の素晴らしさをこの作品を通じて訴えているように感じた。

また、本作は父親をモデルにしながら、同時に藤田嗣治という画家をもモデルにしていると思う。きっと藤田嗣治をこの作品を通じて想起する観客もいるのではと思う。
藤田嗣治は日本の戦前に活躍した画家であるが、日本を飛び出してフランスに渡り、ピカソと出会い、そして様々な女性と結婚・離婚を繰り返して、日本に戻ってくる。そして第二次世界大戦後は、戦争画を描いていたことを糾弾されて日本の地を去りフランスへ向かう。非常に共通点は多いように感じる。
もしかしたら、萩田さんの父親も藤田嗣治に憧れていたのもあるかもしれない。だからこそ彼の人生をなぞるように萩田さんの父親も生きたのかもしれない。

いずれにせよ画家というのは、破天荒で自由で凄い生き方をするのだなと感じた。自分には出来ないなと思う。そして、だからこそこうやって人々を惹きつける絵画を描けるのだろうなと思う。
天国にいる萩田さんの父親は、この上演をどう思っているのだろうか。

東京にこにこちゃん 本公演「ピカソぶっ飛ばせなくて、ごめん」より。(撮影:明田川志保)


↓東京にこにこちゃん過去作品


↓萩田頌豊与さん過去作品


↓猫背椿さん過去出演作品


↓木乃江祐希さん過去出演作品


↓髙畑遊さん過去出演作品


↓東野良平さん過去出演作品


↓てっぺい右利きさん過去出演作品


↓西出結さん過去出演作品


↓加藤美佐江さん過去出演作品


↓立川がじらさん過去出演作品


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