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【心理学】性の領域において,女性の心と体は必ずしも一致しない。

二重制御モデル

読者のみなさん、こんにちは。

私たちの心と体は、いつでも100%同じ方向を向いていると思いますか。

実は、特に性の領域において、心と身体の反応は驚くほどバラバラに動くことがあります。心理学や性科学の世界では、これを二重制御モデルという理論で説明します。

なぜ研究者たちは、この二重制御モデルという考え方を考案したのでしょうか。その背景には、性的な欲求や興奮をひとつのものとして扱ってきた従来の医学への反省があります。かつては、身体が反応していれば心も興奮しているはずだ、という単純なモデルで人間の性が語られていました。しかし、この考え方は現実の多くの女性たちの実感とかけ離れており、臨床の現場で女性たちを深く苦しめる原因になっていたのです。

この理論がもたらした社会的意義は極めて重大です。それは、社会に根深く残る、女性は強引にされることを好むといった悪質な性暴力の言い訳、いわゆるレイプ神話を科学の力で完全に解体した点にあります。この理論のおかげで、望まない被害に遭ったときに、恐怖や不快感で心は拒絶していたのに、身体が自動的に反応してしまったという現象の正体が明らかになりました。これは被害者の意思とは一切関係のない純粋な身体の防御反射であり、自分を責める必要はどこにもないという事実を証明したのです。

ブラッドフォードとメストンの研究

今回は、この心と体の不一致を実験室で直接確かめようとした、2006年のブラッドフォードとメストンによる重要な研究論文を紐解いてみましょう。

この実験では、健康な女性たちを対象に、リラックスできる映像と、男女の性的な営みが描かれた官能映像を見てもらい、その時の心と体の変化を測定しました。

ここで使われた測定器具について詳しくお話しします。実験では、女性の身体的な反応を測るために、膣光電プレチスモグラフィーという器具が使われました。これは、生理用タンポンと同じくらいの大きさのアクリル製の筒状のセンサーです。プライバシーが守られた個室で、参加者自身が体内に挿入して測定します。

この器具の仕組みは、センサーから微細な光を放出し、体内の組織に流れる血液の量を光の反射率で計算するというものです。興奮が高まると骨盤まわりの血管に血液が急激に集まって充血するため、光の反射の仕方が変化します。この変化を、心臓の鼓動に連動する波の大きさ、すなわち膣脈波振幅というデータとしてリアルタイムで記録します。

一方で、心の興奮度については、映像を見た直後に、精神的にどれくらいそのモードになったかを尋ねるアンケート用紙を用いて数値化しました。

実験の結果、研究者たちは、一時的な緊張やパニック、つまり状態不安が適度にあるときに、身体の血管拡張反応が最も高くなるという逆U字型の関係を発見したと主張しました。正式な手続きを施したグラフで見ると、中程度の不安を抱くグループが最も高い血流の上昇を示しています。そして、恐怖や羞恥心で心が冷めている状態であっても、身体の血流システムはそれとは無関係に作動してしまうため、女性の性と不安は切り離されて動いている、と結論づけたのです。

分析上の問題

しかし、厳格な統計学者の視点からこの論文を眺めると、いくつかの重大な問題点があります。

最大の弱点は、多重検定という統計上の罠に配慮していない点です。この実験の参加者は三十代後半と比較的少数であるにもかかわらず、研究者たちはデータの中にある無数の要素同士を、何度も何度も繰り返し足し算や引き算のように計算して相関関係を調べました。統計学の世界では、何の工夫もせずに計算を繰り返すと、本当は意味のない偶然のデータの偏りが、あたかも意味のある有意な結果であるかのように見えてしまう偽陽性というエラーが跳ね上がります。

再分析

そこで、この多重検定の問題を修正するために、ホルム法という厳格な統計的補正をかけてデータを再分析してみましょう。

すると、実験室のデータから得られたいくつかの結果が、実は単なる確率の揺らぎ、つまり幻であったことが分かります。

研究者が主張していた、緊張が適度なときに身体の反応が一番高くなるという逆U字型の法則や、実験室の中で心と体がわずかに連動していたという相関データは、厳格な基準のもとではすべて非有意、つまり統計学的に認められないものとして淘汰されてしまいました。

では、この研究は失敗だったのでしょうか。いいえ、決してそうではありません。

これほど厳しくデータを削ぎ落としたにもかかわらず、最後まで鉄壁の強さで生き残った、最も頑健なデータが存在します。

それは、参加者たちが日常の性生活を振り返ったアンケートのデータです。日頃から慢性的な不安を感じやすい特性不安の傾向がある女性たちは、日常の営みにおいて、頭がエッチなモードになること、すなわち精神的に興奮を得ることが著しく困難であるという強いデータが残りました。その一方で、彼女たちの身体の潤滑反応、つまり物理的な潤いのスコアには、不安による悪影響が一切見られず、相関関係は完全にゼロでした。精神的に性的刺激に対して興奮をしていないからと言って,身体も性的な反応をしないというわけではないといいうこと。つまり,性的なことがらについては,女性の心の状態と身体の状態は一致しないことが多いということです。

この再分析の結果から、彼らの仮説は支持されたと言えるでしょうか。

結論から言えば、実験室の中での細かなデータは支持されませんでしたが、彼らが最も証明したかった核心的な仮説、すなわち、女性の心と体は完全に独立した別のレイヤーで動いているという事実は、これ以上ないほど強固に支持されました。

慢性的に不安やストレスを抱える女性は、脳のブレーキが作動するため、頭の中で性的な興奮を感じることは難しくなります。しかし、身体の潤いというシステムは、その脳の拒絶や冷め具合から一切のダメージを受けることなく、別の階層で淡々と自動プログラムとして駆動しているのです。

現代の法制度

この心と体の独立性という科学的事実は、現代の法制度や裁判の現場においても極めて重要な意味を持っています。

かつての古い司法の場では、被害者の身体が反応していたことや、抵抗による明らかな怪我がないことを理由に、本当は同意があったのではないかと疑われるような、二次被害とも言える不当な判断が下されることがありました。法が心と体の解離という生物学的なメカニズムを理解していなかったためです。

しかし、近年の法心理学や法医学の発展に伴い、法における同意の捉え方は大きく進化しています。現在の法解釈や新しい法制度の運用においては、身体の機械的な反応は自由意志による同意を意味しないという原則が、より厳格に共有されるようになっています。

法が最も尊重し、保護すべきなのは、身体の反射という機械の動きではなく、その人の尊厳と自由意志、すなわち心の同意があるかどうかという一点に尽きるからです。たとえ予期せぬ事態に直面して、身体が組織を守るための防御反射を起こしたとしても、それは法的な同意があった証拠には絶対になり得ないということが、裁判の現場でも明確に認められつつあります。

日本でも、この変化は完全に言えることです。2023年に施行された刑法改正により、従来の強制性交等罪は廃止され、新たに不同意性交等罪へと罪名そのものが変更されました。かつての日本の裁判では、被害者がどれほど激しく抵抗したかという身体の傷痕などが重視されがちでしたが、現在の法律では、同意しない意思を表すことが困難な状態であったかどうかが本質となっています。新設された法律では、恐怖や驚愕といった心理学の知見に基づいた原因が明確に記載されており、激しいショックで身体がすくんで抵抗できなかった状態はすべて不同意の枠組みに含まれます。

さらに、法医学や法心理学の専門家が鑑定に携わる際、行為中に被害者の身体に組織の潤滑反応が見られたとしても、それは粘膜の損傷を防ぐための局所的な生体防御反射に過ぎず、主観的な同意の証拠にはなり得ないという医学的事実が、裁判官や検察官、弁護士の間で共有されるようになっています。

また、日本全国の都道府県に設置されている性暴力救援センターをはじめとするワンストップ支援センターでは、産婦人科医や看護師、カウンセラーが連携して被害直後のケアを行っています。

ここでは、被害直後に身体が反応してしまったことや、激しく抵抗できなかったことに対して、深い罪悪感や恥の意識を持って自分を責めてしまう女性が非常に多いことが実態として知られています。そのため、支援の現場では、それはあなたの心がノーと言えなかったからではなく、脳と身体が命を守るために自動的に作動させた生物学的な防衛反射であり、バグやエラーではない正常な生存プログラムですと伝える心理的ケアが、標準的なアプローチとして定着しています。

最後に

この記事を通じて、みなさんに一番お伝えしたいメッセージがあります。

もしあなたが、過去の望まない経験の中で、心は激しい恐怖や不快感で拒絶していたのに、身体が反応してしまったという経験に苦しんでいるなら、どうか知ってください。それはあなたの心がそれを受け入れたからでも、あなたが不潔だからでもありません。

それは、車に強い衝撃が加わったときに、運転手の意思とは関係なくエアバッグが勝手に開くのと同じ、身体の粘膜や組織を守るためにプログラムされた純粋な機械的防御反射です。

女性の心と体は一致しないことがある。これは最新の統計学、性科学、そして現代の法律が導き出した、冷徹で、開かれた、真実です。あなたの心の意思、ノーと言ったその尊厳こそが法においても人生においてもすべてであり、自動操縦で動いた身体の反応によって、あなたの心が傷つけられる必要は絶対にありません。どうか自分を責めず、その健気な心を守ってあげてください。

おすすめの本

先ほどの記事で紹介した二重制御モデルを世に広め、レイプ神話を完全に解体したエミリー・ナゴスキー博士による、世界的ベストセラーの邦訳版です。

本書の核心は、女性の心と体の非同調性は、進化の過程で女性の身体が獲得した健気な防衛システム、すなわちエアバッグのようなものであると、明快な科学データとともに解説している点にあります。

臨床心理学や脳科学の専門知識をベースにしながらも、数多くの具体例を交えて書かれており、専門知識がなくてもスムーズに読み進めることができます。

Q and A

質問:身体が反応した(潤った、または男性の場合は勃起した)ということは、本人の無意識の奥底ではその行為を望んでいた、あるいは快感を得ていたということにはならないのですか?

回答:絶対に不可能です。科学的・医学的に明確な誤りです。

今回ご紹介したブラッドフォードとメストンの論文や、ヤンセン博士らの研究データが証明している通り、人間の身体の末端システム、特に性器の血流変化は、脳の主観的な「快・不快」を司る認知的レイヤーとは完全に切り離された、ただの自律神経の自動プログラム(反射)だからです。

例えるなら、医者が患者の膝のお皿をゴムのハンマーでポンと叩くと、本人の意志やその時の気分とは関係なく、足が勝手にピクッと跳ね上がります(腱反射)。これを見て、この患者は自分の意志で足を跳ね上げたがっていたと言う人はいません。それと全く同じで、特定の物理的刺激や、あるいは強い不安・緊張によって交感神経が刺激された結果、身体の局所が自動的に油圧(血流)を高めて作動してしまったに過ぎず、そこには本人の主観的な願望や心の同意はまったく含まれていません。

質問:これほど厳格な統計分析を行っても「心と体は別レイヤーで動いている」という事実が残ったということは、女性にとってこの不一致システムには何か生存上の意味やメリットがあるのでしょうか?

回答:進化生物学の視点から、女性の生命と尊厳を守るための緊急防衛プログラムであると考えられています。

祖先にあたる古代の人類において、望まない強引な性交や予期せぬ摩擦に晒された際、身体の潤滑システムが「脳のパニックや冷め具合」を待ってストップしてしまっていたらどうなるでしょうか。体内の非常にデリケートな粘膜組織が激しく損傷し、そこから致命的な感染症にかかったり、将来的な不妊や最悪の場合は命を落とすリスクが跳ね上がってしまいます。

つまり、脳(心)がどれほど恐怖し、嫌悪し、拒絶していようとも、身体の最前線の組織が「危機を察知して、自分自身の組織を傷つけないように、脳の判断を介さずに現場の判断だけでクッション(分泌液)を出す」という、エアバッグやシートベルトのような緊急サバイバル機能を持っている女性の方が、生き残り、子孫を残す確率が高かったという適応上の背景があります。

これは「行為を受け入れた」からではなく、「最悪の恐怖の中で、あなたの身体が、あなたという生命の尊厳を物理的に死守するために必死に作動した証拠」なのです。

質問:なぜ二〇〇六年の論文の発表当時、研究者たちは多重検定の補正(ホルム法など)をわざわざ行わずに、実験室での細かな相関関係を「有意である」と発表してしまったのでしょうか?

回答:当時の性科学研究においては、身体測定デバイスが正しく動いているか(ハードウェアの検証)に、主たる関心と情熱が注がれていたという歴史的背景があります。

論文が発表された二〇〇〇年代前半までは、女性の性反応を実験室で科学的に「可視化・データ化する」こと自体が、非常に先進的で困難なチャレンジでした。そのため、研究者たちはどうしても実験室の中で得られた血流データの細かな波(VPA)が、主観的なアンケートと少しでも連動しているかという、目に見える成果を重視しがちだったという側面があります。

今回のホルム法による再分析によって、実験室という極めて人工的でストレスフルな空間での細かな数値の揺らぎは、統計学的に幻(偽陽性)として淘汰されました。しかしそれによって、研究者がアンケートで集めた日常レベルでの特性不安と精神的興奮の明確なマイナス相関、および潤滑反応のノーダメージ(相関ゼロ)という、現実世界の女性たちのリアルな心身の解離が、より曇りのないピュアな事実として浮かび上がることになりました。統計的な補正は、論文の粗を削り落とすことで、逆にその論文が持っていた真の価値を美しく磨き上げたと言えます。

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