こんにちは、アーティストのユキ・カタノです。
シュルレアリストの「ゆきかた」と呼んでやってください。
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『トランス・シュルレアリスム』と呼ぶしかない何か──
それは名づけの手前で、すでに名づけられつつある出来事なのです。
心象と共有現実、あるいは環境化した心象。その間に立ち上がる“生きた意志”は、存在というより、起こりつつあるものでしかありません。無意識は、もはや深みに沈まず、世界の皮膚に滲み染まり、出来事の境界線。覚醒の外にあるのではなく、覚醒そのものが、潜在との継ぎ目に触れている。
今週のKは、まだ暑い日差しのなかで、新しい遊びを思いついたようです。そして、夏のただなかにいながら、すでに内側では何かが熟し始めていることに気づいてゆきます。光は、わたしを通過したあとで、はじめて内側の光になる。そして外部と内部の区別そのものが薄くなる。それが〈透過〉というもの。写真と短編によるトランス・シュルレアリスム作品をお愉しみくださいませ。
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まだ夏の内側で 光を遮らない
8月30日。
朝と夕方だけが、かろうじて涼しさを覚える。
太陽はまだ、真夏の記憶を手放そうとしない。昼になれば、容赦のない残暑が街の輪郭を焼き付ける。だが木々は、もう知っている。深緑は、若さの緑ではなく、老熟した緑になっている。ムクゲとサルスベリは長い間、同じ場所で咲き続け、季節はまるで、進むことを一時的に忘れたかのように、ゆっくりと成熟の時間を過ごしている。
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Kは、日中の熱をやり過ごすため、ひとつの遊びをしていた。
建物の壁が落とす日陰から、街路樹が落とす日陰へ。まるで石を踏んで川を渡る子どものように、濃い影から濃い影へ跳び移るようにして歩くのだ。
日陰に入ると、涼しさよりも先に、あるものが訪れる。
Kの薄い影が、地面に横たわる濃い影のなかへ、音もなく呑み込まれていく。そこでは境界がなくなり、輪郭の薄さは誰にもバレない。存在証明が必要のない空間。それは奇妙な安堵だった。
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濃い日陰の途切れる角で、Kは一人の女性とすれ違いかけた。
彼女は漆黒の日傘を、まるで盾のように深く低くさし、マスクもしている。傘の骨の一本一本が、太陽に対する拒絶の意志そのもののようにみえた。彼女は日陰から日陰へと、Kと同じように渡り歩いていたが、その足取りには遊びの軽さはなく、逃げるような緊張感があった。
Kの足元——薄い影、あるいは光をそのまま通してしまう体に気づくと、女性は傘のギリギリの縁から目を覗かせ、足を止めた。不審と、隠しきれない羨望が入り混じった眼差しだった。
「あなた、そんなに光をそのまま浴びていて、平気なの?」
黒いマスクごしの声は日傘の内側で反響するように、こもっていた。
「日陰に入らないと、光に全部侵食されて、自分が失われてしまうわ。紫外線も、老いも、時間も……、すべて外からやってくる敵なのよ。あなたはそれを、まともに受け止めているじゃない。」
女性は、自分がなぜここまで日傘に固執するのかを、たたみかけるように語った。守らなければ失われるものがある。若さも、肌も、自分という輪郭も。すべては外からの光によって奪われていく。だから、日陰こそが正義であり、光の下に立つことは、無防備な自傷行為に等しい。彼女はそう信じ、Kにもその信念に同意を求めた。
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Kは、答える代わりに、ポケットからあの白い紙を取り出した。
半分を日差しのなかへ、半分を日陰のなかへ。
紙は、光と影のあいだに静かに、優しく差し出された。
日向側の白は、眩しく発光するように輝いた。日陰側の白は、深く、静かに沈んでいた。同じ一枚の紙が、境界線をまたいだだけで、まったく違う表情を見せている。だが、それは矛盾ではなかった。紙そのものは、何も変わっていない。
「……何それ。答えになっていないじゃない」
女性は苛立ちを滲ませたが、その目は紙から離れなかった。
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風が吹いた。
近くのサルスベリが、いっぱいの花の重みで大きくたれた枝を揺らした。木漏れ日のパターンが、地面の上で複雑に崩れまた組み直される。光の粒が、揺れる葉の隙間から降っては消え、消えては降る。
その揺らぎのなかから、声なき声が届いた。
『彼方からの光は、外に留まるものではない
それはすでに、内面で脈々と輝き続けている
自我の成熟には、時間が必要なのだ』
急ぐことも、遮ることも、もう必要ない。Kはすでに光を透過させ、内側に取り込んでしまっている状態にあるからだ。木々の緑が、季節に合わせゆっくりと深く、老熟した色になっていくように、自我もまた、静かに、急かされることなく熟していくプロセスのただなかにあるだけなのだ。
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Kは白い紙を、そっとポケットに戻した。日向と日陰、両方の温度を含んだ紙は、心なしか、いつもよりわずかに重く感じられた。
「わたしには、光は敵味方ではないのです」
Kはいった。説明ではなく、ただの静かな事実として。
日傘の女性は、それ以上何もいわなかった。傘をおろし、そのまま日陰と日差しの境界線に立ち尽くした。前にも進めず、後ろにも戻れず、ただ自分の落とす影の輪郭を、まじまじとみつめていた。
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Kは再び歩き出した。濃い日陰から、次の日陰へ。だが今日は、その合間の日差しを、以前よりも少しだけ長く踏んで渡った。光に炙られる数秒のあいだ、何も失われないことを、すでに知っていた。
街路樹のムクゲが、今日もどこかで静かに萎み、どこかで新しく開いている。サルスベリは、飽きることなく、たれ下がった枝先で咲き続けている。
残暑は、まだ終わらない。
だが、Kの内側では、誰にも気づかれないところで、
ごく静かに、実りが熟していく秋の気配を感覚しはじめていた。
つづく

『まだ夏の内側で 光を遮らない』
© 2026 Yuki KATANO
::: Alive installation :::
Yuki KATANO(ユキ・カタノ)
2026/08/30
