実家で眠る「箏」を見るたびに、胸の奥がチクリとする
実家の和室の床の間に、一面の箏が静かに眠っている。
長い間、誰も触れていないその姿を見るたびに、何とも言えない気持ちになり、胸の奥が少しだけチクリとする。
振り返れば昭和50年代。小学生だった私は、両親の勧めもあって、いくつかの習い事をしていた。書道にピアノ、そして箏である。当時、小学生で箏を習っている子どもは、そう多くはなかった。
きっかけは友達の存在。
彼女の家を訪ねると、お父様が尺八を吹き、お母様が箏を奏でるという、まるでお正月の特番から飛び出してきたような光景が日常にあった。
家の中に優しく流れる和楽器の音色が本当に素敵で、子ども心に「なんて格好いいのだろう」と強く憧れたことを覚えている。
当時の私は、なんとなくピアノを続けていたが、どうにもしっくりきていなかった。
それならばと入部した小学校の合唱部では、NHK児童合唱団に所属するような本格派の同級生に囲まれ、そのレベルの高さに圧倒されるばかりだった。入部試験で皆の前で歌わされたときは冷や汗が止まらず、結局、数か月で辞めてしまった。
そんなふうに音楽への苦手意識を抱えていたある日、庄司陽子先生の漫画『虹の航路』に出会った。
箏の家元の宿命と演奏を軸に描かれる物語。自分と同年代のヒロインが、箏を通して人間的に成長していく姿にすっかり心を動かされ、「箏を弾いてみたい」という思いが一層強くなった。
幸いにも、生田流の指導者である母の友人に、教えていただけることになり、始まった稽古は本当に楽しい時間だった。
箏の楽譜を開くと、並んでいるのは「一、二、三……」という漢数字と、「斗(と)」「為(い)」「巾(きん)」といった見慣れない文字ばかり…
最初はまるで暗号を解くようだったが、指先に爪をはめ、弦を弾くたびに凛とした音が響くのが嬉しくてたまらなかった。
少しずつ弾ける曲が増え、先生と合奏を重ね、ついには初傳のお免状をいただいた。そのときの誇らしく嬉しい気持ちは、今でも忘れられない。
特に好きだったのは、八橋検校作曲「六段の調べ」。
静かに、厳かに、ゆっくりと始まりながら、段を追うごとに少しずつ旋律が表情を変え、高まっていく…あの美しい旋律は、何十年という歳月が流れた今でも、目を閉じると耳の奥に響いてくる。
しかし、楽しいばかりの時間は長くは続かなかった。
上の級へ進むと、箏の技術だけでなく、長唄のような「歌」も稽古しなければならなくなったのである。
合唱部をすぐ辞めてしまったくらいだから、歌はやはり苦手。先生の前で声を出すのが恥ずかしく、高校受験をきっかけに、そのまま区切りをつけることになった。
習っていた期間はほんの数年であり、発表会に出た経験もない。それでも、テレビやSNSでふと箏の音色が流れてくると、私は無意識に耳を澄ませてしまう。
実家で静かに眠っているあの箏は、もう長いこと弦を張り替えてもいないし、箏柱も倒れたまま…
けれども、その姿を見るたびに「ごめんね」という気持ち以上に、子どもの頃に夢中に練習した時間、憧れた風景、懐かしい記憶が鮮やかに蘇ってくるのである。

