帰る場所があるということ
帰る場所と言われたら
何処を、誰を、何を想像しますか?
私はとある曲の歌詞の中に
「帰る場所は自分の中にある」という一節を聞いていて、気づいたことがあるのです。
仕事での自分、パートーナーといる時の自分、家族といる時の自分、友人といる時の自分。
どれも本来の自分なのか
どれも本来の自分なんだと思います。
洋服を着替えるように、メイクをするように、どんな時も素っ裸な自分って一日の中でいるのはどのくらいの時間いるのだろうか。
帰る場所とは、ほんとのほんとのほんとの自分になれること。
自分の心の中にあると思いました。
もちろん、その顔を、その自分を受け入れ、話ができる人達も帰る場所ではあるのです。
そして、この歌詞の一節の帰る場所とは、自分軸のこととも思えました。
自分がどーしたいか、どーありたいかそれは、自分自身がしっているでしょう?と。
人に褒めて貰えなくても
賞賛してもらえなくても
自分自身が褒めたたえ称賛し
理解、納得できていればいいのです。
だからと言ってアウトプットしない訳でない。
何かをやりますとアウトプットするのは、褒めて欲しいからでもなんでもない。
腹を括るため。
話がそれつつあるので…
兎にも角にも
帰る場所は自分の心の中にあるという一節が私の心に響いた。
それだけのお話しでした。
