身長167センチ還暦ライダーはムルティストラーダを楽しめるのか。そもそも足が着くのか?
僕にとっては20年以上前に乗っていた、BMW F650GS以来のアドベンチャーバイク試乗である。
身長が167センチということもあり、以来オフロードやアドベンチャーは無意識で避けていたのか、乗る機会はあまりなかった。
今回、ドゥカティジャパンからお借りしたのは、ムルティストラーダV4Sである。スーパーバイクの系譜の、170馬力を発生するV4エンジンを積んだ、まさにアドベンチャー・スーパーバイクだ。

厚木の倉庫に用意されていたムルティストラーダは、その車高の高さから、僕には山のように大きく見えた。しかしシートの部分は抉られるように低くなっていて、これならなんとかなるかもと思わせる安心感も同時に持ち合わせていた。それはアップライトなポジションも相まってそう感じさせるのだろう。
走り出す前に、跨ってみると、両足ツンツンだが、片足だと前半分まで設置して、なんとか支えられる範囲だ。これは停止時にサスのプリロードを抜いて車高を下げてくれるシステムも効いているのだ。走り出すと車高が上がり、停止する時には下がってくれる。エアサスで停止時に車高が下がって乗り降りを楽にしてくれる都バスのようではないか。いつの間にかドゥカティも、都バス並みのホスピタリティを備えるようになったのだ!
それにしても驚いたのは、跨る前と跨った後のギャップである。跨る前に感じていた、山のように大きいバイクという印象はすっかりなくなり、自分の手の内に収まる感じに変わったのである。
メルセデス・ベンツのGクラス、ゲレンデワーゲンというやつを試乗した時も同じ感覚だった。山のように大きなクルマが、運転席に座った途端、コンパクトカーのように感じたのである。たぶんスクエアなボディで、見切りが良いデザインがそうさせるのだろう。高輪あたりで若いマダムが軽自動車のように転がしているのも頷けるな、と思ったものだ。
このムルティストラーダも、相当考えられてデザインされているのだろう、その外からの見た目と跨った時のギャップはすごいと思った。
実はかつて、初代ムルティストラーダを買おうと思ったことがあるのだが、跨って断念したことがある。カッコは良いのだが、僕の体格ではムリだった。あれからずいぶん経って、ムルティストラーダも大人になって包容力が増したということか。
エンジンをかけて走り出す。ドカのV4はディアベルを試乗したことがあるので2回目となるが、クォンと軽く吹け上がるマナーは、スーパーカーのようだと改めて思う。599で初めて味わったフェラーリの12気筒のエモーショナルな感覚を思い出す。BMWのフラットツインは文字通りフラットなトルク感がもたらす、長距離巡行の快適さが美点であるが、ドゥカティのエンジンは音もレスポンスも含めて情熱的なのである。
かと言って高速を淡々と走るのが苦手かと言えばそんなことはなく、さすがV4と言えるスムーズさで、170馬力を誇示することのないジェントルさと、見晴らしの良いポジションで、ライダーを快適に運んでくれるのだ。しかし、ちょっと開けると瞬時にフロントが軽くなるほどのパワーを秘めているところが、ライダーの優越感をくすぐるのである。
そうこうしているうちに、箱根ターンパイクに到着する。ここはかつて自分の1992年式900SSや1970年式トライアンフで何度も走った道であるが、ムルティストラーダのような大柄なバイクで走るのは初めてである。とにかく大パワーなので、開けすぎ注意で走ることにする。
回すとすぐにレッドに向かってクォーンと吹け上がるエンジンは、思ったより低速もあるので、ほとんど4速ホールドで事足りる力強さだった。そして適度に重心の高い車体は、素直にスパスパと倒れてくれて、ひとクラス小さいバイクだと錯覚させる気持ち良さである。

かつて乗っていた1992年式の900SSは、コスワースのピストンで944ccにボアアップ、フライホイール外周を削って高速型にして、FCRキャブでガソリンをガバガバ送り込む、走り追求仕様だった。僕の技量がついていかなくて、常に緊張しながら乗っていた記憶がある。それに比べてどうだろう。このムルティストラーダは、リラックスしながら当時よりもスムーズに僕を乗せて走ってくれている気がする。
30年の技術の進歩は凄いなと思う一方で、BMWのような乗用車的快適さとは違う、高揚感を残したリラックスライディングが楽しめるところがドゥカティらしいなと、ちょっと嬉しくなった。昔のスパルタンなドゥカティとは全く違うが、乗った後味は紛れもなくドゥカティだったことが確認できた。
そしてもうひとつ特筆すべきはクイックシフターであろう。今回の試乗中、クラッチを握るのはほぼ発進の時だけという、乾式時代の左手の痺れとは無縁のありがたさである。おかげで、東名高速を降りた環八の慢性的な渋滞も全く苦にならなかった。ただし下道に降りた途端に電動ファンが回り出して、股の下からはメカノイズも混じった盛大なドゥカティサウンドが響き出したことに気づく。乾式クラッチのカラカラが聞こえないだけ静かだが、BMWフラットツインのクシュクシュというささやきのような排気音と比べると、やはりイタリアンだなと思う。
とりあえず還暦ライダーらしく、普段はジェントルなマシンに跨っている僕は、バイクぐらいまだまだワイルドでも良いんじゃないかと思いながら帰路に着いた。
ドゥカティ・ムルティストラーダは
見晴らしの良いスーパーバイクだった。
このバイクと暮らすことを想像した。
きっと違う景色が見られるんだろうな。そんな気がした。
足も着いたしナ。
