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フェルメールの少女は、たぶん、不機嫌





「真珠の耳飾りの少女」

ヨハネス・フェルメール

大塚国際美術館で撮影
(2025)






フェルメールの少女は、たぶん、不機嫌





告白




(全2,200字)



「はい、そのまま。口角をあと数ミリ下げて。そう、動かないで」

また始まった。

フェルメール(旦那様)の「完璧主義」という名の病気。
三百年以上も前、オランダのデルフトの薄暗いアトリエで
わたしはこの不自然なポーズのまま固められた。
左肩を突き出し、顔だけを振り向かせる。

正直、首がもげるかと思った。

世界中の人たちは、わたしのことを
「光の少女」なんて呼んで崇めているらしいけれど。


悪いけど、実物はもっと生意気で
もっとずっと、面倒くさい悩みを抱えたお年頃なの。




告白Ⅰ|究極の「勝負服」に、ため息ひとつ




まず、この格好を見て。

当時のデルフトで、こんな格好をして街を歩く子がどこにいるっていうの? トルコ風のターバンなんて、完全に旦那様の趣味。
しかも、ラピスラズリの原石を砕いて調合した、ウルトラマリンっていう金よりも高い絵具をベタベタと塗りたくって。

「これが君に一番似合う。光が躍るんだ」

なんて悦に入っていたけれど。
わたしにしてみれば、これは究極の「勝負服」を通り越して
もはやコスプレに近い。


大人って、どうしてこうも自分の理想を少女に押し付けたがるのかしら。

やれやれ。

これに付き合うわたしの身にもなってほしいものだ。




告白Ⅱ|視線の先にある、大人の計算




わたしの瞳が「何かを訴えかけている」なんて
鑑賞者たちは勝手な深読みをしてくれるわね。

でも、あの時のわたしの頭の中は、もっと現実的なことでいっぱいだった。

「今日の夕飯は何かな」とか
「このポーズ、いつ終わるの?」とか。

あるいは、目の前で必死に筆を動かしているこの男の
必死すぎる顔への冷ややかな観察とか。

旦那様は、わたしの両眼に小さな白い点を置いた。
「キャッチライト」とかいう魔法らしいわ。

それ一粒で、わたしの瞳は永遠に潤んで
何かに怯えているような、あるいは誘っているような
絶妙な「思わせぶり」を演じさせられることになった。

計算高い大人の演出に、わたしはただ
黙って視線を返してあげているだけ。




告白Ⅲ|偽物の真珠と、本当の重さ




そして、この耳飾り。
みんな「真珠、真珠」って騒ぐけれど、よく見て。
これ、本物にしては大きすぎるし、光り方がどこか怪しいと思わない?
実は、ガラスにすずを塗っただけの安物だって説があるのよ。

でも、旦那様にとっては本物かどうかなんてどうでもよかったのね。
たった数筆の白い絵具。
それで「本物以上の光」を描ければ満足だった。
この耳飾りは、わたし自身の重さじゃないわ。


旦那様が抱いていた「理想の少女像」という、身勝手で重たい幻想の重さ。




告白Ⅳ|永遠の少女




老いることも許されず
いつまでも「少女」のまま呼ばれ続ける。

それって案外、呪いなのよ。

逃げ出すことも許されず
わたしはこの暗闇の中で、あなたの視線をかわし続ける。

「美しい」なんて、聞き飽きたわ。

もしあなたが、少しはマシな大人なら
わたしのこの少し開いた唇から漏れる「ため息」に気づいてくれるかしら。


「そんなに見つめられても、もう何も出てこないわよ」


そう言って
この三百年分の視線が染み込んだキャンバスをナイフで切り裂いて
光の届かない場所へ消えてしまいたい。


だって、三百年も「思わせぶり」を演じ続けるなんて
いくら仕事でも退屈すぎるじゃない?




◇ わたしの「旦那様」の、身も蓋もないお話






この、一番左のちょっとニヤけた男がわたしの生みの親。
ヨハネス・フェルメール(1632-1675)

世間じゃ「光の魔術師」なんて呼ばれて
神格化された寡黙な芸術家みたいに思われてるけど
近くにいたわたしから言わせれば
ただの「こだわりが強すぎるおじさん」よ。

一生のほとんどをデルフトの狭い町から出ずに過ごして
描いた絵は全部で、たったの35点くらい。

一年に数枚しか描かないんだから、そりゃ家計も火の車よね。
最後は43歳で、山のような借金を遺して死んじゃった。
奥さんと11人の子供たちがどれだけ苦労したか

想像しただけで「やれやれ」だわ。




ちなみに、わたしのこの絵。

『真珠の耳飾りの少女』(1665年)っていう立派な名前がついてるけど
実は特定の誰かの肖像画じゃないの。

トローニーtronie」っていう
いわば当時の「コンセプト・ポートレート」みたいなもの。

つまり、わたしは「誰か」ですらなく
彼の頭の中にあった「理想の少女」という名の幻想。

そんなあやふやな存在のために、三百年も首を痛めながら振り向かされてるなんて、本当に笑っちゃうわよね。




◇ 最後にひとことだけ




そういえば、最近また日本が騒がしいみたいね。
どうやら2026年8月21日(金)から9月27日(日)まで、大阪中之島美術館にわたしが呼び出されることになったらしいわ。

14年ぶりの来日だなんて、みんな大騒ぎ。
真夏の大阪なんて、ターバンを巻いたわたしにはちょっと暑すぎる気がするけれど、旦那様が遺した数少ない「仕事」だもの、仕方ないわね。

わざわざ大阪までわたしに会いに来る物好きなあなた
熱中症にだけは気をつけることね。

着飾ってくる必要なんてないんだから。
できるだけ軽装で来て。


たこ焼き食べたい。






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フェルメールの少女は、たぶん、不機嫌

(2,200字)








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