「なんとなく」韓国へ行く理由
旅の目的地を聞かれて「別にどこでもよかったんだけど」と答えると、たいてい少し呆れられる。
でも、それが本音なのだ。
国内旅行を満喫している人たちを見ていると、羨ましさと同時に感心してしまう。
彼らは皆、胸の中にハッキリとした「こだわり」を抱いて旅に出る。
「あの美しい山に登りたい」
「あのローカル線に揺られて、あの無人駅で降りてみたい」
「あの街の老舗で、名物のあの一品を食べ尽くしたい」
「風情ある温泉街を、浴衣を着てからころと歩きたい」
実に素晴らしい。
彼らにとって旅とは、明確な目的を果たすための行動であり、内なる好奇心をピンポイントで満たす作業なのだ。
どこへ行き、
何をなし、
どう楽しむかという確固たる美学、
それこそが「こだわり」の正体だろう。
翻って、自分はどうだ。
哀しいかな、そこまでの強いこだわりも、特定のものへ向かう熱烈な好奇心も持ち合わせていない。
「今週末、どうしてもあの県のあの蕎麦が食べたい!」というような、旅を駆動させる強烈なエンジンが私にはないのだ。
では、こだわりがない人間は家でおとなしくしているべきなのか?
いや、そんな無味乾燥な日常から逃げ出したいという思いだけはある。
そこで浮上するのが「海外」という選択肢だ。
国内では「目的」がないと旅が成立しにくいが海外は違う。
言葉も通じない、
標識も読めない、
日常の当たり前が何ひとつ通用しない異国。
そこへ足を一歩踏み入れるだけで、勝手に好奇心が湧き上がってくるのだ。
スーパーの棚に並ぶ見たこともないジュース、
すれ違う人々の早口な会話、
街の匂い。
ただ歩いているだけで、麻痺していた五感が不意に揺さぶられる。
わざわざ大きな目的を探しに行かなくても、「そこにいる」こと自体が冒険になり、好奇心を勝手に満たしてくれる。
要するに、海外旅は私のような「こだわりゼロの怠け者」にとって、もっとも手軽に非日常を味わえる最高のシステムなのだ。
そして、その「手軽な異国」の最たるものが韓国である。
関空から飛行機に乗れば、ほんの1〜2時間程度。
国内の地方へ新幹線で出かけるよりも圧倒的に近く、そして何より安い。
朝思い立って搭乗口をくぐれば、その日のうちにソウルの喧騒の中に身を置くことができる。
「なぜ国内ではなく、わざわざ韓国へ行くのか?」と聞かれれば、気取った答えなど何もない。
「自分にこだわりがないから、手っ取り早く好奇心を刺激してもらいに行っているのだ」と胸を張って答えることにしている。
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