見出し画像

やっぱり石が好き

            〜私の一目惚れ〜

昔から石が好きだった。
夏休みになると父や母の故郷の河原で、気に入った石を見つけてはポケットに詰め込んで持ち帰った。
よく洗って、そのあとは布でゴシゴシ磨いてきれいな缶の中に入れておく。
河原の石だけでなく、公園や神社の境内に落ちている小石もよく拾っては持ち帰っていた。

「こんなものどうするの?」
母には呆れられたけど。
洗濯機に息子のズボンを入れるときポケットを裏返したら、ダンゴムシが何十匹も転がり出てきて絶叫した私に比べれば、母の嘆きなど可愛いものだろう。


不思議なもので、あの頃はいつも石の方から私に声をかけてきた。
「ここだよ、ここ。ほらほら、拾って拾って」
丸い石。平たい石。四角い石。黒い石。茶色の石。真っ白な石。つるつるの石。ざらざらの石。
いくら見ても飽きなかった。
たまにキラッと光る小さくて透明な粒が入っている石があって、私はその小さな欠片をダイヤの原石だと思っていた。
石を砕いてその原石をたくさん集めれば、お金持ちになれるに違いない。
薄い黄金色の模様が入っている石もあった。
これはきっと金に違いない。
砂金が石の中に入り込んでいるのだろう。
それらの石は特別な宝物として、石蹴り用に見つけたお気に入りの石と一緒に一番高級な缶に入れて隠しておいた。


夏休みの自由研究も、他のクラスメイトたちが蝶や昆虫の標本や海で集めた貝殻、押し花、雲の観察日記、工作とかを出すなか、私はひたすら平べったいお菓子の空き箱に、見つけた石をせっせと並べては提出した。
図鑑で調べて名前がわかる石もあったが、その辺で拾ってきた石の名前はわかりようもなく、そういう石にはとりあえず「不明」とだけ書いておく。


そんな私も年頃になると、一丁前に宝石というものに興味が湧いた。
キラキラとゴージャスに輝くダイヤモンドやサファイアやエメラルドやルビーは、きっと大抵の女の子なら好きだろうし、そこはカラスと気が合うと思う。

恋人ができたとき、自分の誕生石の指輪をプレゼントしてもらおうと密かにもくろむが、調べてみると私の誕生石はトパーズという黄色い石だった。
当時の私にはトパーズはおばさんが付けているイメージで、どうにも地味に感じられた。
そこで誕生石の指輪は無しにして、色が好みの青いサファイアをねだってみた。
だが当時学生の恋人(今の夫)には、もちろんそんなものを買うお金はなく、アルバイトしてハート型のシルバーの指輪をプレゼントしてくれた。
せっかく買って貰ったのに不精者の私はその指輪を磨くこともせず放っておいたので、いつの間にかシルバーのリングは黒く変色し、引き出しの中でお蔵入りとなった。


それからは宝石に対して、どうしても欲しいという気持ちもわかず、結婚指輪もごくごくシンプルなものを選んだ。
ただ婚約指輪だけは、夫のお父さんの昔からの知り合いだという宝石も扱っている時計店のおじさんから、給料三ヶ月分でダイヤの指輪を買って貰った。


子供が生まれてからは宝石のついた指輪を指にはめることもなく慌しい毎日を送っていたが、ある年の夏、軽井沢に行ったときのこと。
子育てが一段落した頃だった。
軽井沢の峠の神社は私の父親のゆかりの神社でもあったので、久しぶりに遊びに行った。
旧軽井沢の中心街をプラプラと歩いていたとき、あるお店の前に来て何故か足が止まった。
ターコイズのお店だった。

あとで知ったことだが、軽井沢には有名なターコイズ専門店が何軒かあり、そのお店はその中でも老舗のお店だったらしい。
店内には今まで目にしたことが無いようなインディアンジュエリーが飾られていて、そのひんやりとした銀の輝きに様々なターコイズの青がとても良く映えていた。

ダイヤモンドやルビーやサファイアやエメラルドとは違う、不思議な青い輝き。
その輝きはどこか大地のぬくもりがした。

店を見渡すとガラスのショーケースの中に、ひときわ目を引く大きなターコイズの塊があった。
大きさは五平餅くらい?
黒い母岩に黒々としたスパイダーウェブがかかっていて、深い青と漆黒のコントラストが美しい。遠目から見ると、淡く紫色に発光しているようにも見えた。

そのときの私は見惚れると言うよりも、食い入るように見つめていたと思う。
「そろそろ行くよ」
夫が声をかけて店の外に出ようとした時、背後から男の人の声が落ちてきた。

「綺麗でしょう。ランダーブルーっていうんです」

振り向くとジーンズに花柄のシャツ、色黒でがっしりとした体格の、私よりも少し年上であろう男の人が立っていた。

「すごく綺麗です」

私がそう答えると、男の人はポケットから小さな鍵を取り出してショーケースの扉を開けた。
そしてその美しいターコイズの塊を手に取ると、私の前に無造作に差し出した。

「持ってみます?」
「え? あ、はい。持ってみたいです」

私の掌に乗せられたその美しい塊は思っていたよりもずっと重くて、ひんやりとしていた。
まるで掌に小さな宇宙を乗せたみたいだった。

ただただうっとりと眺めている私に、オーナーは一言「二千万」と言った。
「え?」
「この石の値段。買いますか?」
そう言って白い歯を見せて笑う。

二千万? 
二千万?
二千万?!
ことの成り行きを見守っていた夫も店の出口で固まっていた。
「二千万円って、、中古のフェラーリ買えるじゃん」


これ、もし落として割れちゃったら?
そう思っただけで急に怖くなり中古のフェラーリを、いやターコイズを右手に左手をそっと添えてオーナーに返した。
「ありがとうございました」
オーナーはもう一度真っ白い歯を見せて豪快に笑った。
「いつかご縁があったら。お待ちしてます」


東京に戻るとターコイズについて調べてみた。
古代エジプトでも、インディアンたちの神話の中でも、神秘的な力を持つ宝石として語られてきた青い石。
世界最古の宝石と言われているターコイズ。
荒涼とした砂漠で美しい青い石を見つけた彼らはターコイズと銀を組み合わせた。
インディアンジュエリーが生まれたのは1880年頃と言われている。

ただターコイズの多くは硬度があまり高くなく、表面の穴から皮脂が入ることなどで変色が起きやすい。
加工処理のされていない、質の高い天然のターコイズジュエリーは、市場全体のわずか数パーセントしかないと言われている。
まさに空の欠片。
水の塊。
神様からの特別な贈り物だろう。


中でもランダーブルーは、1973年、ピクニックの途中にリタという女性がこの鉱脈を発見したことで知られている。
40キロ余りしか取れず、この鉱脈から採れたターコイズは深く美しい青をしていて、世界中のターコイズの中でも最高級と言われている。


世界で40キロ…
だったら二千万くらいするだろう。

あの神秘的なランダーブルーは今どこにあるのだろう。
当時二千万だから、今は倍、いや三倍はするかもしれない。
あれからあのお店には何度か行く機会があったが、あいにくオーナーは不在だった。
原宿の方にも店舗があると言っていたから、軽井沢にはたまにしか来ないのかもしれない。
最後にお店に行ってから、もうずいぶんと時が流れた。
今もまだあのガラスのショーケースの中に、かつて私の掌に乗った小宇宙のような石はあるのだろうか。
いつか軽井沢に行った時には忘れずに訪れよう。
買うのは無理だけど。


長い間、色々な宝石を見るたびに綺麗だなとは思うけど、その先の感情に連れて行かれたことはなかった。
綺麗だな、のその先。



その後、高価なランダーブルーを買うことは無かったけれど、もう一つの石と出逢った。
あのお店ではなかったが、同じ長野でターコイズのジュエリーを制作する工房のホームページで見つけた石。
その一枚の写真に映った青い石はまるで小さな地球のようで。
オーナーが世界各地に自分で出かけ、もしくは取り寄せた石を使って作品を制作したり、石そのものを販売している工房だった。

何度もメールでやり取りし、その青い石をペンダントヘッドにお願いした。
値段は、あのランダーブルーの百分の一にも満たないものだった。
でも私だけの小さな地球は二十年経った今も、少しも色褪せることなく胸に輝いている。

キングマン ターコイズ(アリゾナ州)


このペンダントをつけるたび、小学生だった私に聞こえた声が呼びかけてくる。
「ここだよ。ここ。僕のいる場所はここ」


#私の宝物
#ターコイズ
#ランダーブルー
#インディアンジュエリー

いいなと思ったら応援しよう!