寝言翻訳家【奇妙な味SS】
世界的大企業のCEOを兼任する、世界有数の大富豪チャールズ・オットー氏が昏睡状態に入った時、まず副社長たちが次々にぶっ倒れた。
家族よりも先に、今後起こりうるであろう最悪の事態を想像して押しつぶされたのである。
なにしろチャールズ・オットー氏の兼任する会社は、ただの会社ではない。世界のトップ企業を五つあげれば、そのすべてに彼の名前があった。イチから立ち上げたそれぞれの会社を、それぞれの分野のトップにまで押し上げた、歴史上、例をみないほどの逸材である。
そんなチャールズ氏が、世にも珍しい病気にかかった。
昏睡したように昏々と眠り続けたまま、死ぬほど寝言を言う奇病である。
そういうわけで、各会社の副社長たちは病床のチャールズ氏を尻目に、ああだこうだと策を練った。
「なんてことだ、CEOがこんなことになってはもう終わりだ!」
「私の退職金はいったいいくらになるんだ?」
「この方の指示がなければ、社員全員が路頭に迷うことになるぞ」
「いったいどうすればいいのか、CEOに聞かなければ!」
「落ち着け、世界的企業が一瞬にして崩れれば、世界のバランスが崩れかねない」
五人の副社長はお互いの顔を見合わせて、顔を青くしたり白くしたり、はたまた赤くしたりするしかなかった。
とはいえ、チャールズ氏の容態にも救いが無いわけではなかった。
この病気は、意思疎通ができなくなるわけではないのだ。
「うーん、ムニャムニャ。オレンジ色の猫に珈琲の蜜をあげてくれないか」
医者によると、患者とは寝言を通して意思疎通ができるというのだ。
だが、所詮は寝言である。
意味のある言葉として出力されるとは限らない。
だがこの寝言を解析できれば、何を言っているのかわかるというのだ。
「ダメだ、まったくわからない。やはり何もかもおしまいだ!」
「どうにかすれば隠し金の暗号にならないのか?」
「まるでCEOの言葉とは思えませんな」
「CEOのことだから何か意味があるはずだ。そうでしょう!?」
「待ちなさい。一人、心当たりがある」
副社長の一人が言うには、世の中にはこの病気の専門家である「寝言翻訳家」がいるという。
その中でもとびきり正確で、とびきり権威が高く、とびきり優秀な専門家を探してこれば、きっとCEOが何を言いたいのかわかるはず。副社長たちは裏であれこれと手を回し、あちこちの寝言翻訳家を探した。
だが、相手が大企業のCEOだとわかると、皆「そんな責任を負えない」とばかりに辞退してしまうのだった。
しかし、そうこうするうちに、一人の寝言翻訳家が名乗りをあげた。
とびきり高額の依頼料が必要になったが、背に腹はかえられなかった。
いよいよ姿を現した寝言翻訳家は、立派な顎髭を蓄えた中年の男で、白衣を纏ってやってきた。そうして眠り続けるCEOをふむふむと見つめたあと、副社長たちに向かって微笑んだ。
「大丈夫です。彼の言葉を必ず翻訳してみせましょう」
「おおっ、しかし、いつなんどき寝言が発せられるかわかるものなのですか?」
「寝言はこちらから働きかけることで、次の言葉を引き出すのも可能です。きっとあなた方に必要な寝言も発せられるはずです」
寝言翻訳家は自信たっぷりに言った。
これは信頼できそうだと副社長たちはうなずき合った。
じっくりと寝言に耳を傾ける様子を、固唾を呑んで見守る。
「むにゃむにゃ。オレンジ色の猫に珈琲の蜜をあげてくれないか」
「ふむふむ、これは……オレンジ色の会社のことでしょうな。つまりオレンジ色の会社を買収しろと言っているようです」
「オレンジ色の会社なら知っています! 買収の方向で行くのですね。希望が湧いてきたぞ!」
副社長の一人は、さっそくオレンジ色のロゴの会社の買収に走った。
「むにゃむにゃ。空飛ぶペンギンがクッキーをすべて持っていった」
「ふむふむ、なんと。CEOは、青いロゴの会社の金は、副社長にすべて任せると言っておりますな」
「なんですって! ヒャッホーイ! ……おっと失礼、さっそく行かなければ!」
副社長の一人は、さっそく金を数えに行った。
「むにゃむにゃ。アーパス通りを三つ右に曲がった先のパン屋だ」
「ほうほう。これは驚きだ。一時間ほど祈りの時間を作り、社員全員で病気の治癒を祈れと言っているぞ。それを一日に三度繰り返すんだ!」
「ああ、CEO、一生ついていきます!」
副社長の一人は、泣きながら会社へと戻って、さっそく決まった時間を三つ作って祈り始めた。
こうして次々に副社長たちは、寝言翻訳家の言うことに従い、それぞれの会社で言われた通りにした。
しかし、やはり副社長だけでは業績は怪しくなるばかり。そのため、副社長たちは他の四人を出し抜き、自分のところの指示を出されていないかと聞きに戻った。
「翻訳家さん、うちは依頼料に色をおつけしますので、我が社に関する寝言を優先的に引き出していただけませんか」
「ふうむ。しかし、寝言というのはいつ、どんなときに出てくるかわかりませんからな。もしもランダムではなく、優先的にとなると……」
「宜しければ、うちは依頼料を二倍に致します」
「なるほど――承りましょう。特別ですぞ」
「ありがとうございます!」
「では、あなたの会社宛てと思われるものを引き出してみましょう。どれどれ……」
こうして寝言翻訳家へ支払われる代金は、日に日に増えていった。
せっかく買収した会社に莫大な赤字が発覚し、助けを求めた切実な副社長。
何故か高級外車をとっかえひっかえにしながら乗り回すようになった副社長。
はたまた大きな信仰宗教と化して、異議を唱えた社員を次々にクビにした副社長もいた。
それでも翻訳家によって伝えられる短い言葉を拡大解釈し、なんとかそれぞれの会社を維持しようとした。
そんなある日のこと、新聞にこの病気によく効く新薬が出たという話が持ち上がった。
「ほう、新薬が!」
寝言翻訳家はにこりと笑った。
「それは良かったですな! ならば、私はそろそろお役御免ということで」
「あなたにはだいぶお世話になっていますし、もう少しだけ……」
「しかし、次の患者が待っていますからな。誰もが新薬を使えるわけではないのです」
寝言翻訳家は、あっさりと次の患者のもとへと旅立っていってしまった。
チャールズ氏には、近いうちに新薬を投与することが決まっていた。
しばらく寝言を翻訳できなくなることにやきもきしていたが、副社長たちはこの状況を打開するためにチャールズ氏の目覚めを待った。
「ふわぁ、よく寝た!」
長い眠りから目覚めたチャールズ氏は、横に並ぶ副社長たちを見た。
「いやはや、不思議な夢を見ていたものだ。最初の方だけでも教えてあげよう。オレンジの猫に蜜をあげていたら、空飛ぶペンギンがすべてクッキーを持っていってしまったんだ……奴を落とすために家の塀をすべて空色で塗っていたら……いや、こんな話はどうでもいいな。ビジネスを再開しようじゃないか!」
副社長たちは、真っ青になっていた。
外からは、大勢の報道陣と、怒号をあげる群衆の声が響いていたのである。
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