ちょっと地味な麻布台から六本木のレトロ街歩き
麻布十番から麻布狸穴のロシア大使館を経て、麻布台、スウェーデン大使館、スペイン大使館のある六本木一丁目まで歩きます。
世界各国の大使館を横目で見ながら、明治、大正、昭和の近代遺構が随所に見つけられます。またこの一帯は坂の街でもあり、江戸から続く坂の名前を確かめながら歩くという面白さがありました。
この記事が、読んでいただいた皆さんの街歩きの「ガイド&マップ」となったら嬉しいです。健康のためにも歩きましょう。
それほどメジャーな遺構ではありませんが、よく知る近代の文学や政治のトピックにつながる遺構です。実際に歩いて近代遺構を確かめてきました。今回は地下鉄の麻布十番駅から歩き始めました。この街歩きでは目指す先は六本木一丁目駅です。
マップが見えない方(iPhoneのsafariでは警告が出る)はこちらのリンクから。
島崎藤村旧居跡
詩人・小説家の島崎藤村は、馬籠(長野県)の生まれ。本名を春樹といった。明治学院を卒業後、明治26年(1893)「文学界」の創刊に参加。明治30年(1897)の「若葉集」にはじまる四詩集で詩人としての地位を確立しました。藤村は大正7年から昭和11年までここに住み、最後の長編小説「夜明け前」をここで完成させました。

さらに鼠坂、狸穴坂を歩きます。厳重警備の鋭い視線を浴びながらロシア大使館を横目で見て通り過ぎます。


日本経緯度原点
この場所にあった東京天文台の子午環の中心が日本における経緯度の原点とされました。
1892年(明治25年)に東京天文台の子午環の中心を日本経緯度原点と定めました。その後、1923年(大正12年)の関東大地震により、子午環が崩壊したため、日本経緯度原点の位置に金属標を設置しました。
2001年(平成13年)に測量法が改正され、測量の基準として世界測地系を採用することになり、金属標の十字の交点が日本経緯度原点の地点となりました。原点の経度、緯度及び方位角の数値は、VLBI、GNSS等の宇宙測地技術を用いて定めたものです。さらに、平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震の影響による地殻変動が観測されたため、2011年(平成23年)10月21日に、次の数値に改定されました。
経度 東経 139°44′28.8869”
緯度 北緯 35°39′29.1572”
原点方位角 32°20′46.209”
(つくば超長基線電波干渉計観測点に対する値)



日本経緯度原点のすぐ隣がアフガニスタン大使館です。長年の紛争の混乱によって荒廃し、最近はタリバンが政権を担っているアフガニスタンですが、意外にも大使館は立派です。大使もタリバン政権側の人になったのでしょうか。

行合坂を六本木一丁目方面へさらにサウジアラビア大使館を目標に歩きました。この隣に日本国憲法草案審議の地碑が建っています。
日本国憲法草案審議の地
この地に外務大臣官邸があり、連合国軍総司令部と日本国政府との間で日本国憲法草案について審議された場所です。
結局、日本政府案は拒否されて、GHQ案が現在の日本国憲法の基になったという歴史的にはエポックメイキングな場所です。


永井荷風の偏奇館跡
永井荷風が大正9年から昭和20年の空襲で焼けるまで25年間住んだ場所です。偏屈な変わり者を自認し、ペンキ塗り木造2階建ての洋館をもじって偏奇館と命名したとされています。
この一帯は泉ガーデンの再開発によりオフィス、マンションなど大型のビルが整然と並び、当時の面影は全くありません。そんな中に小さな碑のみ、場違いな感じでポツンとありました。探すのにとても苦労したので、マップのピンの位置を頼りに、注意深く歩く必要があります。

スウェーデン大使館、スペイン大使館を一周して、スペイン坂から道源寺坂を歩き六本木一丁目駅へ向かいました。
スウェーデン大使館


スペイン大使館



スペイン坂とか、何かヨーロッパを思わせるような街並みや雰囲気の中、海外旅行をしている気分で街歩きができました。
健康と学びの一石二鳥。「自分の足で歩いて自分の目で実際に見る街歩き」を発信しています。記事が「レトロ街歩きのガイド&マップ」となって、読んでいただいた皆さんの街歩きの一助になって欲しいと思って記事を書いています。
この記事は、私の「東京レトロ街歩きガイド&マップ」サイトのエリア別「Ar-11広尾から麻布十番を歩く」と「Ar-08芝公園から麻布台を歩く」の一部を基に街歩きをしています。記事の内容以外にもAll in Oneのガイド&マップになっています。こちらもぜひ参照ください。
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