虹のはじまり、あるいは虹の終わり
今朝8時過ぎに嬉野温泉駅を出る西九州新幹線に乗り、2回の乗り換えを経て鹿児島中央駅に10時半に到着した。午後からの雨予報が嘘くさく感じられるほどよく晴れたあたたかい日だった。その日の最高気温は17度らしい。私はスーツケースと一緒にコートとマフラーをコインロッカーの中に放り込んだ。
鹿児島に来るのは実に4年ぶりだった。鹿児島でセレクトショップを3店舗経営している方からçanomaを取り扱いたいという連絡をいただいて、商談のために足を運んで以来だった。確か4年前のその時は連絡をもらってからすぐに赴いたこともあり、先方から驚かれたような気がする。結果的にその3店舗のうちの2店舗の「mado」と「NAINARA」というお店で今でも取り扱っていただいている(ちなみにもう1店舗は「o-murays」)。
九州にはそれなりの頻度では来るものの、鹿児島まで足を伸ばすことはあまりない。今回は長崎に用事があり、時間にも少し余裕があったので、せっかくだから行ってみよう、と思ったのだ。
そういえば4年前に鹿児島に来た時も、佐賀だか長崎だかから電車を使って移動をしたはずだ。九州新幹線のおかげで、九州の西側における移動は便利になった。何せ博多駅から鹿児島中央駅まで、一番速い新幹線だと1時間半かからないのだ。博多駅から大分駅までが2時間以上かかることを考えるとその便利さがわかるだろう。東京駅から仙台駅までより短い時間で行ける、と聞くと、東京の人にとってはよりわかりやすいだろうか。
「mado」、「o-murays」、「NAINARA」の順で挨拶に伺い、それぞれの場所で「UFOキャッチャー、今度一緒にいきましょう、いいところがあるんです」、「脳ドック、行ったほうがいいです、死にますよ」、「とんかつは『竹亭』がおすすめです、上ヒレカツが最高」という素晴らしいお言葉をもらった。
UFOキャッチャーと脳ドックは今すぐには行けないので、とりあえず竹亭に向かった。平日の午後1時過ぎ、鹿児島中央駅あたりから車で15分ほどの田上店に着くと、駐車場は満車で少し待たされ、駐車してからも席に案内されるまではしばらく時間がかかった。
地方の繁盛店というのは、だいたいにおいて気持ちがいい。キッチンにいる人は手際よく料理をし、ホールの人々はきびきびしている。来るお客さんも勝手がわかっている人がほとんどだからあれこれスムーズだ。竹亭もそういうお店だった。美味しかったのはもちろんだが、その安さにも驚かされた。
そこからは車で指宿へと向かった。竹亭の駐車場を出たところで予報通り雨が降り始めた。最初は軽い霧雨だったが、途中から本降りになった。
ほんの少しだけ高速道路に乗り、あとはずっと下道だった。薩摩半島の鹿児島湾側の道を舐めるように下っていった。鹿児島の南の方ともなると、やはりどことなく南国の雰囲気がある。それは主に生えている植物がもたらす印象なのだろうか。ソテツのような南国を思わせる木々が多いということもそうだし、加えてなんとなく生え方が“暴力的”な気がするのだ。有り余る生命力を自身の中に抑えきれないように見える。
「道の駅 喜入」で休憩することにした。その頃にはちょうどほぼ雨は上がっていた。
駐車場に車を停め外に出た。ふと目の右端に大きなものが引っかかっているように感じたのでそちらに目を向けた。
大きな虹がそこにはあった。空の低いところを、空の青を背景に7色の帯が線を引いていた。
私は駐車場の奥の、海に面したところまで走って行った。すると虹の端っこが海に突き刺さっているのが見えた。虹のはじまり、あるいは虹の終わりが、くっきりと目の前にあった。
何かいいことあるといいな。
指宿のホテルに着いたのは午後3時を少し回った頃だった。ホテルの入り口にはバナナの木が生えていた。バナナの木がこんなにもカジュアルに生えていていいものなのか考えてみたが、きっと南の方では柿とか枇杷のようなものなのだろう、と思い自分を納得させた。
お風呂に入ったり電話会議をしたりしながら過ごした後に、夕飯は大量の鹿児島料理が次から次へと運ばれてきた。どれも美味しかったが、さすがに全ては食べきれなかった。指宿温泉サイダーもなかなかよかった。
食後にもひとつ電話会議が入っていた。それを終えて私は露天風呂に行った。小さな脱衣所を通り抜けると、自然に囲まれた素敵な空間が広がっていた。私の他に客は誰もいなかった。
露天風呂で夜空を見上げながら、私は宇宙に行きたいと思う人々のことを考えていた。嬉野から電車で2時間半ほど、その後車で1時間ほど行った指宿でさえ、こんなにも違っているのに、どうしてわざわざ宇宙服と宇宙船に保護されて何もできない状態になってまで宇宙に行きたいと思うのだろうか。私はそんなところよりも、次は隣の大隅半島の南端あたりに行きたい。きっとそこも薩摩半島とは違っているはずだ。
日本のあちこちに行きたいと思う。それはどこまで行っても、人々は日本語を話し、日本の法律で統治されている場所だが、それなのに驚くような違いがあるのだ。ただそういう違いを感じるだけで、私は幸せなのだと思う。
明日の夜に東京に戻る。飛行機の中で私はきっと、次の行き先を、機内誌の最後のページの航路図を眺めながら、吟味していることだろう。
次は、どこへ行こうかな。
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