夏の終わりに僕は大量の読書感想文を読む|灯火杯7th
夏が終わりを告げるころになると、自然とため息がもれる。
(またあの時期がやってくる)
僕自身が与えた宿題でありながら、提出されたそれを読むことに苦痛を感じる。
教師とは、なんとご都合主義であろうか。
僕自身は読書感想文を書くことに苦痛を感じたことは一度たりともない。
指定図書から『重要そうな』言い回しを一つ選び、その一文についてただ思い付きに従って筆を進める。
僕にとっての読書感想文は、
毎年定型のフォームに従い、淡々と進める ”作業” でしかなかった。
そんな僕が偉そうなことを言えたもんではないが、生徒たちが提出する読書感想文は、金太郎飴の切れ端ばかりでほとほと嫌気がさす。
「おもしろかったです」
「かわいそうだと思いました」
「ぼくも頑張ろうと思いました」
まあ感想には違いない。
にしても...…
正しい読書感想文なるものが存在するかも怪しいと思っている僕が、授業で教えてもいない「正しい読書感想文の書き方」を生徒に求めること自体がお門違いなのかもしれない。
そんな罪悪感からかはわからないが、提出された読書感想文には一応すべて目を通し、”感想” を赤ペンで一言二言書き込むことは欠かしたことはない。
(どうせ今年も”金太郎飴の”、)
ふと手が止まる。
目に映ったのは異様に短い、ある生徒の感想文だった。
「この本の表紙は好きです。お母さんを思い出すからです。」
「この本の中身は嫌いです。お父さんを思い出すからです。」
デスクの奥にしまってある、このクラスの生徒に関する申し送り一覧に自然と手が伸びる。
(ない)
家庭環境に問題がある生徒に関しては、要注意事項として申し送りが記載されている。
この生徒の名前はそこにはなかった。
次の瞬間に、僕は課題図書としたその本を手に取っていた。
この短い二行と僕の知っている情報がリンクしない。
僕は読書感想文を書くことに苦痛を感じたことは一度たりともない。
指定図書から『重要そうな』言い回しを一つ選び、その一文についてただ思い付きに従って筆を進める。
僕にとっての読書感想文は、
毎年定型のフォームに従い、淡々と進める ”作業” でしかなかった。
少なくともこの夏までは。
表紙に描かれていたその絵に何故か懐かしさを感じた。
ある家族を描写していたその本の内容に嫌悪を感じた。
手が動かない。
これまで書いてきたどんな長い読書感想文よりも長い時間白紙の原稿用紙を眺めていた。
埋められない空白が得体のしれない何かとリンクしている。
手が動かない。
この絞り出した ”感想” に対し、何を述べればいいというのだろうか。
「そう感じたことを書いてくれてありがとう」
(了)
・ジャンル:不問(エッセイや小説、その他でもなんでもOK)
・文字数:1,000字以上3,000字以内
*ただし、写真やマンガ主体の場合は文字数制限はありません
・新規作品のみ(過去作NG)1人1作品まで
・期間:2026年8月2日(日)~31日(月)
上記期間に新規投稿されたnote作品が対象となります。
・参加条件:このnoteを引用して貼り付けてください
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!