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【詩のようなもの】『切られた爪はもはや私ではない』

※若干のホラー表現を含みます。苦手な方はご注意ください。
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つい今しがた
私は爪を切り落とした
痛みは微塵もなく
高い音だけが響く

指先から離れたそれは
確かに私だったはずなのに
床に落ちた瞬間
ただのゴミに成り下がった

床に散らばる
私だったものと
指先に残った
まだ私であるもの

繋がっているときは私で
離れた途端に私でなくなるのなら
この身を少しずつ削ぎ落とした時に
最後に残る私とは何なのだろう

つい今しがた
私は言葉を放り投げた
痛みは微塵もなく
低い声だけが響く

頭の中に浮かんだそれは
確かに私だったはずなのに
世に放たれた瞬間
ただの雑音に成り下がった

すでに放たれた
私の言葉だったもの
まだ胸に留めた
言葉にならないもの

繋がっているときは私で
離れた途端に私でなくなるのなら
私から離れた言葉は
もはや私の言葉ではないのだろうか

切られた爪が
もはや私でないならば
放たれた言葉は
いったい誰の言葉なのだろう


#詩のようなもの #哲学 #自分とは


【あとがき】
 ​爪を切る、髪を切る、髭を剃る。
 日常生活で行われる行為に感じた「さっきまで私だったものが、今はただの異物である」という違和感がこの詩の起点です。

​ 言葉や思考、そしてそこから生まれる創作物も同じなのではないでしょうか。
 胸の内にあるうちは熱を帯びた『私』の一部なのに、世に出た瞬間から、それは作者の意図から切り離されて独り歩きを始める。
 この詩もまた同じです。私の手を離れた時点から、読んでくださった『あなた』の解釈を経て、その意味を変えていくのでしょう。
 私はむしろ、そんな解釈の変化を楽しみにしています。作品を読んでくださる方の人生経験が、そこに色濃く現れるのでしょうから。

 それではまた、次の作品で。
 

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結城斗永|掌編小説・詩のようなものを書きます✍🏻 私の物語は皆様からいただいた一杯の珈琲の味。 よろしければ応援よろしくお願いいたします。