【小説】建築的恋愛プロムナード(14) まどか覚醒+【主題歌Ⅺ】一拍遅れて恋になる | suno

2026年8月30日 主題歌のフルバーストバージョンを追加しました。 ハードなロックでフルバーストしてます。是非聴いてみてください。
これまでのお話
第14話 アイドル
始業時間三十分前のオフィス。
「慎次郎、まさかまどかに手を出してないだろうな。」
「は?」
「答えろ、どうなんだ。」
「は?」
ゆいは慎次郎の口が開いたままの表情を見て、急速に冷静さを取り戻す。
フライングのホイッスルが脳内に響きわたる。
「あぁ、もういい。忘れてくれ。」
慎次郎が涙目になる。
「あの……社内でまどかさんへのセクハラが問題になってるんでしょうか……。私、冤罪だと思うんですけど、誰に相談すればいいんでしょう……。きっと相談デスク経由ですよね。」
ゆいは虚無感を顔で表現する。
「いいから、忘れろ。」
少し遅れてまどかが出勤してきた。
「おはようございます。」
「お……おはようございます。まどかさん。」
「どした、慎次郎さん。涙目じゃん。またゆいさんに朝からモラハラされました? パワハラ? それとも単なるやつ当たり?」
慎次郎には、まどかの笑顔さえ作りものに見えてしまう。
「このまま消えてなくなりたいです。」
「どした? ドンマイ。」
まどかは落ち込んでいる慎次郎を見て、いつものダブルスタンダードが発動する。
瞬間、悪い顔に切り替わった。
「ま、考えても仕方ないよ。済んだことだし。」
さらに下を向き、萎む慎次郎。
「私は役立たずです。このまま消えます。」
「慎次郎さんって、存在自体が真性のかまってちゃんだよね。めんどくさいって言われない?」
◇
まどかたんは、キュルルンでキャワワ。
まだ俺は三十代後半だ。
そして出世街道を歩いている。
巻き返せる。
可能性はなくはない。
きっと照れ隠しだ。
そう気づけば全てが繋がる。
発言の裏を返せば、意識してしまってるってことだ。
チャンス。
乗るしかない、このビッグウェーブに!
自席でひとり、妹尾はメガネの奥の光を走らせていた。
昨日、会議室の向こうから聞こえた「おじさん」「ワンチャン」のフレーズ。
あれは自分への拒絶ではない。
周りの目を気にした、高度な照れ隠しのプロモートだ。
俺こそが、彼女の気持ちを汲み取れる唯一の存在だ。
「まずは、悪目立ちしてるモブを消すか。」
妹尾は冷ややかな笑みを浮かべながら、積算画面のデータ更新ボタンを静かにクリックした。
◇

「逃げたい。恥ずかしすぎる。」
ゆいは自席で頭を抱えていた。
まさか、いや、まさか。
自分でも予測できない行動に改めて後悔する。
さらにはまどかも慎次郎も、自分の想像の斜め上にクロスオーバーする。
ふと横を見ると、慎次郎が自分のデスクに必死にしがみつき、PC画面と格闘していた。
◇
「なんじゃそりゃぁぁぁ。」
デスクに戻った慎次郎が、画面に表示されたコンプラ相談デスクの回答を見ながら、頭を抱えて一人で叫んだ。
『思い込みによる過度な怯えはカウンセリング対象外です。』
きっとハラスメントについて会社で協議がはじまっている。
情報漏洩の可能性を見据えた上での塩対応に違いない。
慎次郎の頭髪の毛量は、体感で一割減になった。
◇
経営陣が集まる大会議室。
提案書と見積の提出まで一週間を切った。
「発注者はわかりやすく大台を切らせる価格を設定してますね。」
精神的に追い詰められている慎次郎は、矛先を仕事に向ける。
発言の摩擦係数も一割減になり、意図的に口を滑らせる。
妹尾は意図せず、窮鼠猫噛みモードの慎次郎と直接対決することとなった。
社内積算の結果、大台を切るには一歩至らなかった。
妹尾は、あえて調達を理由に、当初の目標数字から設備系の経費率を僅かに上げている。
実行予算上の調整代になる。
あとはプライスをどうするかだ。
慎次郎は見積書を眺めている。
ページをさらさらとめくり、すぐに閉じた。
「妹尾課長、素晴らしい見積です。」
妹尾は慎次郎と視線を合わせない。
「わかりやすくて読みやすい。誤魔化していない。誠実さが伝わります。」
三上社長が横槍を入れる。
「宮崎くん、その通りなんだよね。彼、やるだろ。」
まどかがここぞとばかりに妹尾の隣の席から畳みかける。
「妹尾さん、いけますか。」
もはやゼロ距離からの全力スマイル。
キャワワ、ズバンッ!!
かいしんのいちげき。
妹尾の脳内が悪魔に支配される。
思ってもない言葉が口から吐き出される。
「現在、設備関係は調達の都合から、安全率を僅かながらかけています。そこを調整すればコストだけでギリ大台を切ります。」
まどかはさらにゼロ距離スマイルの連撃を決める。
「やるな、しげのり。」
名前呼び。
キャワワ、ズバンッ!!
かいしんのいちげき。
もはやマリオネット。
「今回のレイアウトなら、踏み込む価値があります。」
妹尾はハッと正気に戻る。
俺は一体何をやっている。
このモブを消さなければならない。
ぐぬぬ。
もはや最後にメガンテを放つしかない。
いや、ここしかない。
これが戦局を変えるデュエリストとしてのラストカードだ。
「ただ、気に入らない。ポッと出の若造のレイアウトに会社の命運を預けるなんて正気じゃない。」
妹尾は慎次郎を睨んだ。
コイツだけは絶対認めない。
三上社長が頷く。
「その言葉を聞いて安心したよ。妹尾課長、背中を押してくれてありがとう。よし、プライスはさらに一段切り下げよう。」
ゆいが思わず笑いながら慎次郎の背中を叩く。
「だってさ。もう後戻りできないぞ。」
まどかが妹尾に小さな声で囁く。
「やるじゃん。」
妹尾は動かない。
あれ、俺はどこでどう間違った。
慎次郎は、妹尾課長と仲良くしようと心に決めた。
◇

熊本の建設プロジェクト。
とうとう発注者プレゼンがはじまる。
東京丸の内、ビルの高層階。
緊張感が走る客先の本社会議室。
まどかのお気に入りのプリンが、なぜかプレゼンターの席の前に置いてある。
まどかは目を瞑る。
香月家と慎次郎のコラボ動画を見たあの日から、あのモノクロの映像が頭から離れない。
私もゆいさんと一緒だ。
思考が目の前のプリンに収束していく。
まどかはなぜか笑いが込み上げてきた。
なんだ。
そんな単純なことか。
社内では、自称真面目でかわいいデザイナーを演じてきた。
「そっか、今、私は楽しんでいるんだ。」
追いかけて、追いかけて、追いかけた。
敗れて、踏まれて、そのたびに涙した。
それが全て、自分に還元されていく。
「私は、私の好きを、生きる、か……。」
誰かの期待に応える。
それも大事だ。
でも、きっとそれだけじゃない。
そして、それに一度気づいてしまえば、もう後戻りできない。
「ごめん、ゆいさん。私、戦う。」
◇
まどかはプレゼンターとして壇上に立つ。
みんなで作り上げた。
今までにないほど踏み込んだ。
届かないはずがない。
そんなはず、ない。
一人ひとりの顔が見える。
反応が手に取るように伝わってくる。
あのモノクロ動画の感動を、さらにフルカラーの洪水に変えてぶつける。
プレゼンは予定通り。
そして、期待以上の反応が返ってきた。
ゆいが小さく拳を引く。
クライアントが退出したあとの会議室。
機材の撤収作業を行う慎次郎の隣に、まどかがすっと寄り添った。
まどかは真っ直ぐな瞳で慎次郎を見つめる。
「これから言うことは、マジです。」
慎次郎は最後通告を覚悟して、体を仰け反らせる。
「好きです。慎次郎さん。」
慎次郎の顔が瞬時に青ざめる。
そして周りを見渡した。
「え、罰ゲームかなんかですか?」
まどかは研ぎ澄まされすぎたスマイルを決める。
その直後、慎次郎の視界からまどかが消える。
キャワワ、ズバンッ!!
刹那、無言の腹パンの衝撃が慎次郎の背中に抜ける。
まどかは衝撃音だけを残して、そのまま立ち去った。
ゆいはその後ろ姿を横目で見ていた。
◇
片付けが終わり、全員が去ろうとしたとき。
会議室には、慎次郎とゆいの二人だけが残った。
慎次郎はゆいを見る。
「あの……もしかして、もしかしてなんですけど……セクハラって、なかったんですか。」
「おまえはここから消えていなくなれ。」
数日後、プレゼンの結果が届いた。
了

