「Clear Air Turbulence」完全解説:Ian Gillan Bandが挑んだ70年代最強クロスオーバー名盤
はじめに
店長がレコードを買いはじめて3枚目に手に入れた盤が『Clear Air Turbulence』でした。当時はディープ・パープルすら聴いたことがなく、イアン・ギランが誰かも曖昧なまま、重厚で未来的なジャケットに惹かれて試聴もせずレジへ直行しました。その直感は的中し、いまなお聴き続けている一枚です。本稿では、このアルバムの魅力を歌詞の解説とともに探っていきます。

バンドの横顔と時代背景
イアン・ギランは1973年にディープ・パープルを脱退後、1975年に「ハードロック以外の血を輸入する」を旗印にIan Gillan Bandを結成します。集まったのはレイ・フェンウィック(ギター)、ジョン・グスタフソン(ベース)、マーク・ナウシーフ(ドラム)、そして後にコリン・タウンズ(キーボード)という、ジャズ・ファンクに強い顔ぶれでした。
当時の英国はオイル・ショック後のインフレと失業にあえぐ経済危機の中、ジェフ・ベックらのジャズ・ロック旋風とパンクの胎動という二つの潮流が交差していました。ハードロック出身のシンガーがジャズとファンクを取り込むという試みは、きわめて異色だったのです。
『Clear Air Turbulence』は1977年4月にリリース。ホーンを前面に出した社会風刺的な内容はアメリカのモントルー・ジャズ・フェスで評価された一方、本国ではパンクに露出を奪われ商業的には伸び悩みました。バンドは1978年に解散し、ギランとタウンズは後にNWOBHMの先駆けとなるGILLANを結成します。

収録曲解説
本作は6曲を通じて「現代文明が抱える六つの危機」を順番に描き出す、一編のロック寓話です。技術、環境、金銭、宗教と危機を突きつけながらも、最後の曲では、言葉や理屈ではなく“血と踊り”という原始的な儀式で二人の人間が和解する姿を描くことで「文明がどれだけ高度化しても、人を救うのは結局、肉体の温度と相互承認だ」という希望がこのアルバムの核心です。
Clear Air Turbulence
表題曲は、ジェット旅客機の離陸を思わせる「Get up / Up in the sky」の掛け声で始まり、離陸前の高揚と不安、そして見えない“晴天乱気流”という潜在的危機を描きます。曲は最後に「百万の魂が始まり以前の青い夜明けへ帰る」という黙示録的イメージで幕を閉じ、文明の果てで原初へ回帰する人類の姿を示唆します。1970年のジャンボ機就航による大量輸送時代と、アポロ計画後の宇宙開発ブームという時代背景の中、「青空=安全」という思い込みの裏に潜むリスクとテクノロジー万能主義への疑念が込められています。
Five Moons
黄色く染まった空に五つの月が輝く惑星が舞台。雨が降り、都市が煙を吐き、木々が伐採されるたび月の数は減っていき、人類の開発行為による環境破壊が寓話的に描かれます。それでも主人公は「人々に嘘をつかない」と誓い続け、破局的状況でも倫理と愛を手放さない人間の強さが最後まで貫かれます。ギラン本人の明言は残っていないものの、当時のインタビューや同時期のSF的潮流、ジャケットを手がけたクリス・フォスの荒廃惑星アートから見て、環境破壊への問題意識は色濃く反映されていると考えられます。
Money Lender
「Fat spender, you're a money lender」という辛辣な冒頭から始まり、高利貸しを動物の隠喩で罵倒するファンク・ロック調の一曲。オイルショック後の英国で深刻化した高利貸しの横行という社会問題に加え、ギラン自身が抱えたマネージメント・トラブルによる負債も色濃く反映されているようです。サックスとトランペットのシンコペーションが、まるで債権者の脅迫のように迫ります。
Over The Hill
約8分の大作で、救世主待望と忘却、そして救済を売り物にする20世紀型宗教ビジネスを辛辣に描きます。「人は人と戦うために生まれ、罪を犯すために存在する」と人間存在の二面性を突きつけ、高尚な博愛を語りながら現実には何もしない“善意のポーズ”を痛烈に批判します。ギランは説教師と異端者の二役を一人で演じ分け、演劇的な緊迫感を作り出しています。
Goodhand Liza
アルバム中最も短い曲ながら、濃密な寓話として機能します。社会の底辺に生きる主人公を「グッドハンド・リザ」という女性が金で導き、宗教へ連れて行く――救い主であると同時に依存を生む胴元でもあるという二律背反を、わずか数行のリフレインに凝縮しています。
Angel Manchenio
恋人を巡る誤解からロマの青年にナイフを向けられた主人公が、血盟の儀式を経て和解するさまを描きます。文明批判を貫いてきた本作の最後にあえて原始的な血縁化の物語を置いたのは、理屈や制度ではなく肉体的・感情的な絆こそが対立を乗り越えるというメッセージを示すためでしょう。
受容と再評価

英米の主流ロック・ファンからは「ジャズでもプログレでもファンクでもあるが、そのどれとも言い切れない」と戸惑いをもって迎えられ、チャート面では両国とも圏外に終わりました。一方、日本では『ミュージック・ライフ』や『ロッキング・オン』が早くから“クロスオーバー精神の先駆”と評価し、輸入盤が独自のロングセラーとなります。1989年の初CD化以降、97年の未発表ミックス発掘、2019年のリマスター盤と再発を重ねるたびに再評価の機運が高まり、AllMusicやProgArchivesでも安定した評価を得ています。
直接的なフォロワーは少ないものの、ホーンと変拍子で社会風刺を奏でる姿勢はフィッシュボーンやリヴィング・カラーにまで参照され、「メインストリームとフュージョンを橋渡しした隠れた傑作」という位置づけを獲得しました。ジャズ・ファンク・プログレ・ハードロックが同じ空間で呼吸するこの一枚を、今こそあらためて味わってみてはいかがでしょうか。
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