[コラム]人の不幸を「推しポイント」にする——『みいちゃんと山田さん』動画炎上と24時間テレビ
2026年8月1日の午前、ひとつの動画が非公開になった。講談社ヤングマガジン編集部の公式YouTube「ヤンマガ日常ch」の回で、画面左上には「編集部員42名がガチ投票した2026オススメ漫画」と出ている。前日から、編集部員が『みいちゃんと山田さん』について語った部分の切り抜きがXで回っていた。
この記事を書くにあたって、非公開になる前に保存されていた該当部分のクリップを見た。以下の発言は、そこに焼き込まれた字幕と音声から取っている。ただし80秒ほどの切り抜きで、動画全体は確認できていない。大手メディアの検証報道も、8月1日時点では出ていない。
7か月前の動画が、いま掘り起こされた
整理しておきたい。『みいちゃんと山田さん』はヤングマガジンの作品ではない。連載媒体は講談社のマンガアプリ「マガジンポケット」で、2024年9月に始まった。動画は出版社をまたいで注目漫画を紹介する企画で、担当編集部が自社作品を語ったわけではない。
公開されたのは2026年1月6日。批判が集まったのは7月末だ。7月26日にアニメ化が発表されるとコメント欄が荒れ始め、31日にXユーザーがスクリーンショット付きで投稿したところで一気に広がった。公開から炎上まで、7か月近い間がある。
クリップの前半、ひとりの編集部員が絵柄の話をしている。リアルタッチで描かれていたらきつくなる、それが綺麗に描かれているから、と続けてこう言う。「ポップに罪悪感なく人の不幸を読めちゃうんですよね」。
後半は別の編集部員に替わる。「僕ちょっと異常かもしれないですけど」と前置きして、「みいちゃんが可哀想な目に遭うのを見たいんですよ」。字幕もそのまま出る。続けて「この世界の底を見てみたい」「みいちゃんは底まで堕ちていく才能がある」。
そして画面の下には、編集部がつけたテロップが出る。発言者の名前を冠した「推しポイント」という見出しつきで、赤い文字でこう書かれている。「人が堕ちていく様を見たいと思わせるみいちゃんのキャラ」。
ここが引っかかった。収録で口が滑ったのではない。編集の段階でその一言が拾われ、色を変えて強調され、作品の推しポイントとして画面に置かれた。42人が投票して選んだおすすめ作品の紹介として、それが公開されている。

そして8月1日午前、動画は非公開になった。削除ではなく非公開。理由の説明はなく、講談社からの謝罪も釈明も、この時点では出ていない。

本人は「蜜の味」を否定している
ここは公平に書いておきたい。最後まで見ると、話は切り抜きの印象より入り組んでいる。
「可哀想な目に遭うのを見たい」の直後、この編集部員はこう続ける。「人の不幸が蜜の味かって言われると、ちょっと近くて違うんですよ」。字幕にもそのまま出る。自分でも「異常かもしれない」と断ったうえで、一番わかりやすい図式のほうは、はっきり否定している。
終盤では「別にみいちゃんのこと全然嫌いじゃないんで」と言い、「どこまで落ちていくかを見たい欲求があるっていうのがすごい漫画だな」と締める。本人の中では、作品の力を褒める話なのだ。悪意を探しても、たぶん出てこない。
それでも残るものがある。蜜の味ではないと言い、嫌いでもないと言い、そのうえで「底まで堕ちていくのを見たい」が残る。そして編集部は、そこだけを取り出して赤い字のテロップにした。悪意がなくても構造は残る。今回いちばん厄介なのは、そこだと思う。
非公開にするくらいなら、最初から言わなければいい
一連の流れを見て、いちばん強く思ったのがこれだった。
非公開にしたということは、あとから「これはまずい」と判断できたということだ。判断する能力がなかったわけではない。カメラの前で話していたその瞬間に、まずいと思わなかった。あるいは、まずいと思わなくて済む場所にいた。この差はかなり大きい。
能力の問題なら、指摘されれば学べる。場所の問題だと、そうはいかない。しかも今回は、その場のノリだけの話ではない。収録があり、編集があり、テロップを作る工程があり、公開前の確認があった。そのどこにも止まる場所がなくて、7か月そのまま置かれていた。
引っ込めるという対応も引っかかる。動画を消せば発言はなかったことになるのか。声を上げた側から見れば、「言われたから隠す」は「考えを改めた」ではない。何がまずかったのかが一言もないまま、棚に戻されただけだ。
言われる前は問題だと思わず、言われたら黙って隠す。この順番だと、起きても隠せばいいという学習になる。批判した側は無視されたのではなく、もっと居心地の悪い扱いを受けている。聞こえていたのに、返事がない。
いじめられる側の気持ちがわからない人は、たいていここでつまずく。悪意がないから、指摘されても何を直せばいいのかがわからない。わからないまま目立たないところに片づけて、表面上は収まるので、当人たちの中では「対応した」ことになってしまう。
「みいちゃん」は、もう現実の人を指す言葉になっている
この件を、作品の是非とは分けて考えたい。『みいちゃんと山田さん』は2012年の歌舞伎町を舞台に、キャバクラに入った女性の12か月を、第1話で結末を明かしたうえで描く。作中でも公式でも診断名は明示されていない。作者は2025年5月のインタビューで、みいちゃんがどんな子なのかは読者の想像に委ねている、障害福祉を描くのが目的ではない、と述べている。
言葉のほうは現実に流れ出している。2026年2月15日、発達障害の当事者がXで「『みいちゃん』が発達障害当事者女性を差別する言葉で使われています」と問題提起し、翌16日にイザ!が記事にした。そこに載った当事者女性のコメントが重い。
「『発達障害=みいちゃん=簡単に体を許す、搾取される存在』という身勝手なアイコン化が進んでいます。現実の私たちを無視し、フィクションの型に当てはめて嘲笑う行為は、私たちの尊厳を深く傷つけるものです」
7月27日にはスポニチが、SNSで知的・発達特性のある人への蔑称として「みいちゃん」が使われることがある、と地の文で書いた。障害者団体の公式な抗議声明は確認できていない。声を上げているのは当事者個人、ジャーナリスト、Change.orgの署名だ。
作品がそういう使われ方をしていると報じられたあとも、紹介する側の語り口は変わらなかった。そこがこの件の芯だと思う。
10年前に、公共放送が同じことを言っている
2016年8月28日、NHK Eテレ『バリバラ』が「検証!『障害者×感動』の方程式」を放送した。24時間テレビの裏番組にぶつけ、あの24のマークやキャッチフレーズをパロディにしたコント形式で、メディアが描く感動的な障害者像の作られ方を指摘した回だ。放送中、Twitterでは「バリバラ」がトレンド3位、「感動ポルノ」が4位に入った。
「感動ポルノ」はオーストラリアの障害当事者でジャーナリスト、ステラ・ヤング(1982〜2014)の言葉。2014年のTEDxSydneyのトークで広く知られるようになった。障害者を、非障害者が感動するための「モノ」として扱うことを指す。
同じ2016年の8月、24時間テレビは事故で両足が不自由になった12歳の少年の富士登山を放送している。雨のなか登山は続行され、登頂した少年がスタジオの問いかけに「寒いです」としか答えられない場面が流れた。SNSでは児童虐待に近いという声が多く上がった。断定はできない。回った映像は別カットだという指摘もある。
10年前に、公共放送が正面から検証番組をぶつけ、言葉がトレンド入りするだけの反響があった。それでも今年の8月29日から30日にかけて、第49回の24時間テレビが放送される。番組が全部だめだという話ではない。寄付は毎年集まり、福祉車両も届いている。
包装が違うだけ、という言い方をしてみる
編集部の動画と24時間テレビは、並べると同じ形をしている。片方は作品のなかの不幸を「見てみたい」と語り、商業的な成功がそれを支える。もう片方は実在する人の困難を「感動」の形に整え、チャリティーという大義がそれを支える。どちらも語っている側は安全な位置にいて、痛みを引き受けるのは別の誰かだ。
違うのはポジティブな包装があるかどうか。今回の動画はその包装を剥がした状態で中身を見せてしまった。だから目立った。逆に言えば、包装さえしておけば7か月は誰にも咎められない。

太田出版は26年後に謝った
比較になる前例がある。1995年の『Quick Japan』第3号が、いじめの加害を武勇伝のような文脈で載せた記事だ。2021年、東京五輪の開会式に関わる人選をきっかけに26年越しで問題になり、7月19日、太田出版は公式サイトに謝罪文を出した。差別を助長する不適切な記事だった、と自ら認めている。
他人の被った不幸をエンタメとして差し出した編集の姿勢が問われた点で、今回と近い。あちらは四半世紀たってから、文章にして出した。こちらは動画を消して、何も言っていない。
批判する側も、無傷ではいられない
自分に刺さる指摘も置いておく。社会学者の前田拓也は2016年9月14日のSYNODOSへの寄稿で、「感動ポルノ」批判そのものが持つ痛快さに注意を促している。建前を剥がして本音を言うのは気持ちがいい。その気持ちよさが本音主義と結びつくと、障害者への負の感情のほうを強化してしまうことがある、と。
感動を押しつけるなという批判が、「関わりたくない」に着地する道がある。誰かの無神経さを叩いているときの自分の位置も、そんなに安全ではない。この記事もその危うさの上に書いている。
引っ込めれば済むのか

動画は非公開になった。批判した人たちは、目的の一部を達したように見える。でも、何がまずかったのかは誰の口からも語られていない。今月末には24時間テレビが放送され、来年にはアニメが始まる。
10年前に指摘され、大反響があって、それでも変わらなかった。今回また指摘され、動画は消えた。次に同じことが起きたとき、消える以外の何かが起きるのだろうか。
痛みを娯楽として扱う側が態度を変えないとき、外から言葉を投げ続ける以外に何ができるのか。自分にはまだ答えがない。同じ違和感を持った人がいたら、どこが引っかかったのか、コメントで聞かせてほしい。
※この記事は特定の個人を攻撃する意図で書いたものではなく、発言と番組に共通する構造を整理したものです。
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