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『進撃の巨人』ってネーミング格差ひどくない?⸻主人公が優遇され過ぎててちょっと冷めた話

朱「⸻私ね、13省庁6公司、全部A判定出たんだ」
縢「えっ!マジ?」
朱「うん…でもね。他の仕事はどれも同じ判定をもらった子が、私以外に1人か2人はいたの。公安局のA判定が出たのは私だけだった。500人以上いた学生の中で、ただ一人、私だけ⸻だから公安局にはね、私にしかできない仕事が、きっとあるって思ってた。そこに行けば、本当の私の人生が⸻この世界に生まれてきた意味が見つかるはずだって…私の考え方、間違ってるかな?」
縢「⸻分かんねえよ。俺なんかに分かるわけねえじゃん。あんたは何にでもなれた。どんな人生を選ぶことだってできた。それで悩みさえしたんだろ?すげえよな。まるでシビュラができる前のジジ、ババみてえだ。今じゃシビュラシステムがそいつの才能を読み取って、一番幸せになれる生き方を教えてくれるってのに。本当の人生?生まれてきた意味?そんなもんで悩むやつがいるなんて、考えもしなかったよ⸻」

TVアニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』第1期
第2話「成しうる者」より引用


人気漫画でかつアニメ作品としても大ヒットした
『進撃の巨人』は、間違いなく名作だと思う。

重厚な世界観、張り巡らされた伏線、容赦のない展開。
どれを取っても、現代漫画の到達点の一つと言っていい。

だからこそ、という話でもある。

どうしても納得できなかった部分がある。

それが⸻
「進撃の巨人」という名前の扱いだ。

まず前提として、この作品に登場する「九つの巨人」のネーミングを思い出してほしい。

超大型、鎧、女型、獣、顎、車力、戦鎚、そして始祖。

……そして、進撃。

並べてみると、どう考えても一つだけ異質じゃないか?

他の巨人たちは、基本的に

•見た目(超大型、女型)
•特徴(鎧、顎、車力)
•能力や性質(戦鎚、獣)

といった、ある種「説明的」な名前になっている。

良く言えば分かりやすいし、悪く言えば機能名っぽい。

ところが「進撃」だけは違う。

これは見た目でもなければ、単なる能力の説明でもない。
むしろ意志や概念に近い言葉だ。

「進撃する巨人」ではなく、
「進撃そのものを体現する存在」みたいなニュアンスがある。

……いや、カッコよすぎないか?

正直に言う。

ここに、私はちょっと冷めた。

もちろん後から分かる設定として、「進撃の巨人」は物語の核心に関わる特別な性質を持っている。

だから名前に特別感があるのは分かる。
それはもちろん分かるんだけど⸻

最初から“特別扱い”が透けて見えるのが、私は気になってしまうのだ。

もしこれが同じシリーズやカテゴリーだなとわかるように、例えば、戦い方を意識したネーミングで

•「格闘の巨人」
•「突進の巨人」
•「射撃の巨人」

もしくは、カッコ良さを意識して

・「雷霆の巨人」
・「疾風の巨人」
・「獄炎の巨人」

はたまた、厨二病心をくすぐるかの如く

・「刹那の巨人」
・「幻影の巨人」
・「暗黒の巨人」

みたいな、他と同じフォーマットの名前だったらどうだろう。

おそらく、ここまで違和感はなかった。

他の巨人と同じ“並び”に置かれて、その中で徐々に特別性が明らかになっていく。

その方が、物語としても“気持ちよかった”気がする。

でも実際は違う。

最初から「進撃」だけが、妙に抽象度が高く、
そしてやたらと主人公機っぽい名前を与えられている。

これが何を意味するかというと、

読者に対して「こいつが特別ですよ」と先に言ってしまっているということだ。

もちろん、物語上はそれでいいのかもしれない。

むしろ伏線として機能している部分もあるだろう。

ただ、読者としてはこう思ってしまう。

「いや、ちょっと露骨すぎないか?」

他の巨人たちが

•女型(今だとちょっと時代錯誤な響きすらある)
•車力(もはや機能説明)
•顎(シンプルすぎる)

みたいな名前をしている中で、

一人だけ「進撃」て…

そりゃ主人公だろうよ、
という“答え合わせ感”が強すぎる。

この違和感って、おそらく「強さの問題」じゃななくてネーミングの“格”の問題だ。

超大型がデカくて強いのは分かる。
鎧が硬いのも分かる。
戦鎚とか車力が見た目や戦い方が特殊なのもまあ理解は出来る。

でもそれらは全部、「能力や見た目の話」でしかない。

一方で「進撃」は違う。

それはもう、“思想”に近い。

だからこそ、同じ「九つの巨人」なのに、
同列に並べたときにバランスが崩れる。

そして、そのバランスの崩れが、

「主人公だけ特別扱いされている」というメタ的な意識を呼び起こしてしまう。

ここで一歩、物語から引いてしまうんだ。

たぶん、これは好みの問題でもある。

最初から特別性が示されていることで、
むしろワクワクする人もいるだろう。

「この巨人、絶対ヤバいやつじゃん」と。

でも自分は逆だった。

できるだけフラットな状態で見たかった。

他の巨人と同じ土俵に立って、その中で“違い”が浮かび上がる構造の方が好きだった。

だから思ってしまう。

「進撃の巨人」という名前に、あそこまでの意味なんて無ければよかったのに。

物語を読み始めた頃に味わった、人間の無力さに対して、巨人たちによる圧倒的な蹂躙を見事に表現した、あくまでインスピレーション的なタイトルとして存在していてほしかった。

もちろん、作品全体の完成度を否定するつもりはない。

むしろ、それでもなお名作だと思えるからこそ、
こういう細部が気になってしまう。

たった一つの名前。

でもその名前が持つニュアンスは、
思っている以上に作品の印象を左右する。

「進撃」という言葉のカッコよさと、
他の巨人たちの“機能名感”。

その落差に、
ほんの少しだけ冷めてしまった⸻

そんな話でした。

“違和感 × 批評 × 共感”を軸に、
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