【日めくり短編 61】古材の匂い
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
祖父の蕎麦屋は、町外れの坂の途中にあった。
築何年になるのかもわからない建物で、柱も梁も、もとは別の家にあった古材でできていた。祖父が若い頃、取り壊される庄屋の屋敷から、まだ使えそうな木を一本ずつ譲り受け、自分の手で組み上げたのだという。黒く艶の出た梁を見上げると、そこに誰かの暮らした時間が、そのまま残っているような気がした。祖父はその木を手のひらでなぞりながら、「こいつらは、まだ働きたがってるんだ」と、よく言っていた。
子どもの頃、僕は学校が終わると、まっすぐその店に走った。引き戸を開けると、出汁の湯気と、ほんのり甘い蕎麦の香り、それから——煙草の匂いがした。
祖父は無類の煙草好きだった。釜の前で蕎麦を茹でながら、口の端にくわえた煙草の灰が、いまにも鍋に落ちそうで、僕はいつもひやひやしていた。
「じいちゃん、お蕎麦が煙草くさい」
ある日、僕がそう言った。たいした意味もない、子どもの正直な感想だった。
祖父はしばらく黙って僕を見て、それから、くわえていた煙草を灰皿でゆっくりと消した。
次の日、店の柱に貼り紙が増えていた。古材の柱に画鋲で留められた、一枚の紙。少し曲がった字で、「禁煙」と書いてあった。
「孫に、うまい蕎麦を食わせたいからな」
祖父はそう言って笑った。それきり、店から煙草の匂いが消えた。代わりに、蕎麦の香りが前よりずっと近く感じられるようになった。茹でたての蕎麦を手繰ると、そばの実の、土のような、青いような香りが、鼻の奥にふわりと広がる。これがほんとうの蕎麦の匂いだったのか、と僕は思った。
それから二十年。
僕は都会で、毎日同じ時刻の電車に乗り、似たような書類を捌いて暮らしていた。悪い暮らしではなかった。ただ、ふとした拍子に、自分がいま何の匂いの中で生きているのか、思い出せなくなることがあった。
祖父が逝って、半年が過ぎていた。久しぶりに帰った町で、僕は閉まったままの店の前に立っていた。
錆びた鍵を回して、引き戸を開ける。埃っぽい空気の奥に、それでもまだ、かすかな蕎麦の香りが残っていた。棚の奥には、祖父が使っていた箸や湯飲みが、誰かに片づけられたまま眠っていた。古材の柱は、相変わらず黒く艶を帯びて、静かに天井を支えている。
柱を見上げると、あの貼り紙がまだそこにあった。すっかり茶色く焼けて、端のめくれた「禁煙」の二文字。祖父はとうとう、一度も煙草に戻らなかったのだ。
僕は、その紙にそっと触れた。
台所に立つと、棚の奥から祖父の道具が出てきた。使い込まれた包丁。木肌のすり減ったのし棒。粉のしみついた木鉢。手に取ると、握りの部分に、祖父の手のあぶらと体温が、まだしみ込んでいるような気がした。古材の柱も、この道具も、長い時間を黙ってその身に抱えている。
——やってみるか。
口に出したわけでもないのに、その言葉が、埃っぽい台所の中にぽとりと落ちた。なぜそう思ったのか、自分でもよくわからない。ただ、閉じた店の奥にわずかに残ったこの匂いが、このまま薄れて、誰にも気づかれずに消えていくこと——それだけは、どうしても嫌だった。
僕は勤め先に辞表を出し、町に戻ってきた。
祖父の蕎麦は、見よう見まねで届くものではなかった。粉は何度も繋がらずにぼろぼろと崩れ、のした生地は厚さがそろわず、切れば団子のような塊になった。深夜、誰もいない店で、僕は何度ものし棒を放り出しそうになった。こんなことを、どうして始めてしまったのか、と。
それでも、毎朝、釜の前に立っていると、背中のほうから祖父の声が聞こえてくる気がした。
「灰、落とすなよ」
僕は煙草を吸わない。だから、灰の心配はいらない。けれど、湯気の中に立つたびに、その言葉は別の意味を連れてくる。
だから僕は、柱のあの貼り紙を、新しいものに替えずに、そのまま残しておくことにした。茶色く焼けた「禁煙」の二文字が、そこにあるだけでよかった。
店を開けて、最初の客が暖簾をくぐってきた朝。
湯気の向こうで、茹で上がった蕎麦が、青い香りを立てている。あの日、煙草の匂いが消えたあとに、店じゅうへ広がっていったあの香りだ。古材の柱が、それを静かに見守っている。
「いらっしゃいませ」
僕の声に、柱の上の「禁煙」の二文字が、ほんの少しだけ、誇らしげに見えた。
原案:Y
執筆:Claude
今日は何の日?
世界禁煙デー

5月31日は、たばこと健康、そして受動喫煙のない社会について考える「世界禁煙デー」です。
「世界禁煙デー」は、世界保健機関(WHO)の加盟国が設けた国際的な記念日です。
WHOによると、1987年にたばこによる疾病や死亡への国際的な関心を高めるための決議が行われ、1988年には毎年5月31日を「世界禁煙デー」として祝う決議が採択されました。
目的は、たばこの健康被害、たばこ産業の働きかけ、そして健康に生きる権利について広く知らせることにあります。
日本では厚生労働省が5月31日から6月6日までを「禁煙週間」と定め、禁煙や受動喫煙防止の普及啓発を行っています。
喫煙は個人の習慣にとどまらず、家庭、職場、飲食店、公共空間の空気にも関わる問題です。世界禁煙デーは、吸う人と吸わない人の両方にとって、呼吸の安全や健康な暮らしをどう守るかを見つめ直す日として、大きな意味を持っています。
世界禁煙デーは、たばこと健康の問題を自分ごととして捉え、受動喫煙のない社会のあり方を考えるきっかけになる日です。
古材の日

5月31日は、古い木に宿る時間と価値を見つめ直す「古材の日」です。
5月31日の「古材の日」は、建築資材としての古材を通じて循環型社会の実現を目指す株式会社アステティックスジャパンによって制定された記念日です。
公表資料では、役目を終えた建物から取り出された古材に再び命を吹き込む価値を伝え、木材資源の有効活用、森林保全、CO₂削減、廃棄物の抑制につなげることが目的とされています。また、古材を生かした建築や空間づくりは、地域の文化や歴史の継承にも結びつくとされています。
日付の理由については、一般には「こ(5)ざい(31)」の語呂合わせとして紹介されることが多いものの、今回確認できた公表資料ではその説明は明示されていません。新しい素材にはない、乾いた木の強さ、傷や煤けた色合い、長い暮らしの痕跡を受け継ぐ古材は、単なる再利用の対象ではなく、時間そのものを暮らしの中に取り戻す素材でもあります。
古材の日は、ものを使い捨てにしない知恵と、住まいに残る記憶の価値を考える日にできます。
そばの日

5月31日は、月の終わりにそばを味わいながら節目を整える「そばの日」でもあります。
毎月の末日は、日本麺業団体連合会が制定する「そばの日」です。
全国製麺協同組合連合会の案内では、12月の年越しそばだけでなく、毎月の末日も「そばの日」とされ、その由来は、そばの細く長い姿に商売繁盛や長く続く幸運を重ね、江戸時代の商人たちが月末に好んで食べた風習にあると説明されています。
日付の理由は、月末、すなわち「みそか」にあたることです。
そばは日本全国で親しまれてきた身近な食べ物ですが、その背景には、季節の節目や暮らしの区切りを大切にする日本の感覚があります。
5月31日のそばの日は、月の終わりに食生活や日々の歩みを静かに振り返る機会にもなります。
忙しない月末にこそ、一杯のそばで気持ちを整える。そんなささやかな文化の豊かさを伝えられる記念日です。
そばの日は、月末の節目にそばを味わいながら、暮らしを整え、縁起を担ぐ日本らしい食文化に触れる日です。
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