「過去の自分」と向き合う治療が始まった。(前編)
今朝、心療内科を受診してきた。
診察中、医師からこんなことを言われた。
「せぷてんばさんは、嫌な記憶の保存状態が、とても良いですね。」
普通なら時間とともに薄れていくような出来事でも、僕はそのとき感じた感情まで鮮明に覚えているらしい。
だから昔の出来事なのに、昨日のことのように体が反応してしまう。
* 胸が苦しくなる
* 激しい動悸がする
* めまいがする、冷や汗が出る
* ひどいときには、手足の力が抜ける
その話を聞いたとき、不思議と少し安心した。
「自分が弱いから」ではなく、ちゃんとした理由があったんだと思えたからだ。
診察では、認知行動療法やマインドフルネスを取り入れながら、生まれてから現在までを振り返り、自分にとって何がトラウマだったのかを一つずつ整理していくと説明を受けた。
不安障害やパニック症状にはひとつだけの原因があるわけではなく、さまざまな出来事が積み重なって今の状態につながっているそうだ。
正直、気が重い。思い出したくないこともたくさんある。
でも、それを避け続けることが、今の苦しさにつながっているのかもしれない。
僕の「記憶の保存庫」を紐解いたこの記録が、同じように昔の記憶に苦しむ誰かのヒントになれば幸いです。
4歳|幼稚園で感じた、最初の不安
僕が最初に思い出したのは、幼稚園の頃だった。
近所に幼なじみの女の子がいて、一緒に幼稚園へ行くのが当たり前だった。
でも、その子が風邪などで休む日は、僕は毎回のように泣いていた。
幼稚園へ着いてからも不安は消えない。
外遊びの時間になると、その子がいない日は教室の隅で泣いていた。
周りには同じ年頃の子どもがたくさんいる。
でも、その子たちが誰なのかも分からない。
幼い僕には、知らない世界へ突然放り込まれたような感覚だった。
怖くて、不安で、どうしていいか分からなかった。
当時は「人見知り」くらいに思われていたのかもしれない。
でも今振り返ると、不安を感じる強さは、この頃から人一倍だったのかもしれない。
11歳|小学校で味わった、人前に立つ怖さ
小学校は、人数の少ない田舎の学校だった。
「男子が委員長をする」という空気感のなか、流れで僕は委員会活動の委員長になった。
当時の僕は、人前で話すことが本当に苦手だった。
赤面症もあり、みんなの視線が自分に集まるだけで胸が苦しくなった。
委員会活動の発表で、全校生徒の前に立ったときのこと。
* 心臓は破裂しそうなくらい速く打つ
* 耳まで熱くなる
* 頭の中は真っ白になる
何を話したのか、ほとんど覚えていない。
発表が終わると、一部の子から冷やかされ、笑われた。
とても悔しかった。
でも、一番つらかったのは笑われたことではない。
堂々と話せなかった自分。何も言い返せなかった自分。
そんな自分自身が、本当に情けなかった。
今では仕事で勉強会の発表をしたり、イベントで司会を任されることもある。昔の自分からは想像もできない。
それでも、人前に立つときに感じる緊張は、今も完全には消えていない。
中高生|「人の言葉と視線」が怖くなった日々
中学生、高校生になると、人間関係はさらに難しくなった。
今でも覚えているのは、一部の女子から嫌われ、実際に陰口を言われているのを聞いてしまったことだ。
「自分の何がいけないんだろう。」
「何か悪いことをしたのだろうか。」
何度も考えたけれど、答えは分からなかった。
学生時代は、一人ひとりの言葉の重みが今よりずっと大きい。
陰口や冷たい態度は、想像以上に心へ深く突き刺さる。
それ以来、僕は人の表情や態度を必要以上に気にするようになった。
* 「今の言い方で大丈夫だったかな」
* 「何か気に障ることを言ってしまったかな」
* 「また嫌われるんじゃないか」
人の表情や場の空気を過剰に気にする癖。
当時は、まさかその積み重ねが、大人になってからの不安や緊張につながっていくとは思いもしなかった。
23歳|「生理的に無理」という一言の衝撃
23歳の頃、付き合って2か月ほどでカノジョに振られた。
理由は「元カレが忘れられない」
そして、**「あなたが生理的に無理」**という言葉だった。
今でも忘れられない。
性格や行動を否定されたというより、自分という存在そのものを否定されたように感じた。
「何が悪かったんだろう。」
何度考えても答えは出なかった。
時間がたった今では、相手には相手の気持ちがあったのだと思える。
でも当時の僕にとっては、心に大きな傷を残す出来事だった。
社会人|積み重なっていく警戒心と恐怖
社会人になってからも、安心できる日は少なかった。
最初の職場では、連日の残業と上司からのパワハラ。毎日、職場へ向かうだけで緊張していた。
転職先の病院で医療事務として働いていた頃には、ある医師から理不尽な理由で怒鳴られた。
あとから秘書の方から謝罪を受けたけれど、一度受けた恐怖は心の中に残り続けた。
現在の職場でも、理不尽に怒鳴られたり、患者さんから厳しい言葉を受けたり、インシデントへの対応に追われることがあった。
他のスタッフの確認不足で、自分が対応に追われることもあった。
ひとつひとつは、なんとか乗り越えてきた。
でもそれらは確実に積み重なり、「また同じことが起きるかもしれない」という気持ちを強くしていった。
そうして僕は、自分でも気づかないうちに、常に周りを警戒し、先のことを考え続けるようになっていったのだ。
(後編につづく)
