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「勇ましい高尚なる生涯」——映画『山の郵便配達』が思い出させてくれたもの

父には最後の、息子にははじめての配達

先週末に、中国映画『山の郵便配達』を観ました。静かな時間がゆっくりと流れる映画です。派手な事件も起きませんし、ドラマチックな展開もありません。それなのに、今週の半ばに再び観てしまいました。

舞台は1980年代初め、湖南省西部の山岳地域。長年、山あいの集落に手紙を届けてきた配達人が、足を痛めて引退を決めます。父には最後の、後を継ぐ息子には最初の配達がはじまります。同行するのは、一匹の犬です。

手紙の先にあった、人と人のつながり

ストーリーは淡々と進みます。手紙を渡す先の人びとと交わすわずかな言葉、山あいの霧、祭りの灯り、そういう景色がとにかく美しく描かれます。中国にはこんな場所があるのかと、あらためて驚かされました。

息子は道中で、父の仕事のとらえ方や、家で待ち続けてきた母の想い、手紙を待つ人たちの暮らしぶりを知っていきます。やがて、息子は、父がやり続けた郵便配達は、人と人をつなぐ、とても尊い仕事だと気づいていくのです。

内村鑑三『後世への最大遺物』との出会い

この映画を観ながら、僕はある本を思い出しました。大学を出て、小さな販売促進の企画・制作会社に新卒一期生として入社したときのことです。振り返れば、ずいぶん前の話です。

入社日に社長から手渡されたのが、内村鑑三の『後世への最大遺物』という岩波文庫でした。渡されただけで説明もなく、そのまま3年ほど本棚にしまい込んでいました。あるとき、薄い本だからと読んでみることにしたのです。

内村鑑三が語った「遺すべきもの」

これは明治27(1894)年、内村がキリスト教青年会の夏期学校で学生たちに向けて行った講演録です。内村は、後世に何を遺すべきかという問いに向き合い、遺せるものとして「お金」「事業」「思想」の3つを挙げます。

しかし、そのどれもがすべての人にできることではなく、また利益と同時に害を伴うこともあると語ります。最後にたどり着いたのが、誰にでも遺すことのできる、害のない遺物、「勇ましい高尚なる生涯」という結論でした。

農家であり、建具の職人だった父

郵便配達人の父は、まさに「勇ましい高尚なる生涯」を送っている人でした。映画を観終わって、僕の父を思い出しました。父は農家であり、建具の職人でした。自宅の庭の仕事場で、一人で建具をつくっていました。

16年前に83歳で亡くなり、いまはテーブルの上の写真立てのなかで、微笑んでいます。市井の人として生涯を閉じた父もまた、「勇ましい高尚なる生涯」だったのだと、あらためて思います。

大きな成果ではなく、日々の仕事にていねいに向き合うこと。それだけで、わずかな人たちかもしれませんが、誰かの記憶に残る生涯を送れるのかもしれません。そんな人生を歩めればいいのですが、現実はまだまだです。

▼父の仕事はこちら【父の飾り襖】

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