徒然BLUEなるままに──余白メモ vol.47《《《 日本の正月|お節料理 》》》
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──新年への願いを、お重に詰める
お正月になると、
食卓にお節料理が並ぶ。
子どもの頃は、
それが当たり前の風景だった。
黒豆があって、
数の子があって、
海老があって。
栗きんとんもあれば、
紅白なますもある。
「お正月だから食べるもの」
僕にとっては、
それくらいの感覚だった。
でも、改めて調べてみると、
どうやらお節料理は、
ただの「ごちそう」ではなかったらしい。
一つひとつの料理に、
それぞれ願いが込められている。
🎍🎍🎍🎍🎍🎍🎍🎍
たとえば、黒豆。
黒豆の「まめ」には、
元気で、まめに働けるように。
健康で暮らせますように。
そんな願いが込められている。
数の子は、
ニシンの卵。
卵がたくさんあることから、
子孫繁栄の願い。
海老は、
その姿から。
背中が丸くなるまで、
長生きできますように。
そして、昆布。
昆布は「よろこぶ」に通じることから、
喜びや幸運を願う縁起物。(wordplay)
こうして並べてみると、
なんだか面白い。
料理なのに、
まるで言葉が隠れている。
食べるものの形や名前から、
願いを読み取っていく。
一種の、
言葉遊びでもある。
🎍🎍🎍🎍🎍🎍🎍🎍
そう考えると、
お節料理というのは、
「新年への願いを、お重に詰めたもの🍱」
なのかもしれない。
健康でありますように。
家族が栄えますように。
長生きできますように。
喜びの多い一年になりますように。
それぞれの願いを、
少しずつ料理に託して。
そして、
みんなでそれを食べる。
願いを、
口にする。
なんだか、
日本らしいなと思う。
🎍🎍🎍🎍🎍🎍🎍🎍
でも、
お節料理にはもう一つ、
別の意味もあった。
昔は、お正月の数日間、
できるだけ料理をしなくてもいいように、
あらかじめ料理を作っておいた。
冷蔵庫も、
コンビニもない時代。
お正月くらいは、
火を使う仕事や家事から離れて、
家族でゆっくり過ごす。
親戚を訪ねたり、
初詣に出かけたり。
そう考えると、
お節料理は、
「縁起のいい料理」
というだけではない。
お正月をゆっくり過ごすための、
暮らしの知恵でもあった。
ここが、ちょっと面白い。
願いと、実用。
伝統と、生活。
一つのお重の中に、
その二つが一緒に入っている。
🎍🎍🎍🎍🎍🎍🎍🎍
子どもの頃の僕は、
そんなことを何も考えずに食べていた。
黒豆を食べて、
「健康になりますように」
なんて、
考えたこともなかった🤣
数の子を食べながら、
「子孫繁栄……」
なんて、
もちろん考えない🤣
ただ、
お正月だから食べていた。
でも今になって、
その一つひとつに物語があることを知る。
すると、
昔から見ていたお節料理が、
少し違って見えてくる。
同じ料理なのに、
意味を知るだけで、
景色が変わる。
🎍🎍🎍🎍🎍🎍🎍🎍
文化って、
そういうものなのかもしれない☺️
意味を知らなくても、
受け継ぐことはできる。
でも、
意味を知ったあとで振り返ると、
「なんだ、
ずっと僕のそばにあったんじゃないか」
と思う。
子どもの頃から食べていた、
あのお節料理。
あれは、
料理だけではなかった。
昔の人が、
新しい一年に託した願い。
そして、
家族でゆっくり過ごすための知恵。
それが、
小さなお重の中に、
ぎゅっと詰まっていた。
そう思うと、
お正月の食卓が、
少しだけ愛おしくなる。
日本人の僕自身も、
日本文化を再発見している。
知っているつもりだったものを、
もう一度知り直す。
それは、
思っていたより楽しい。
さて。
次は、
もう一つのお正月の食卓へ。
「お雑煮」
同じ日本なのに、
どうしてこんなに違うんだろう。
その話は、
また次回。
《A Drop Remains.💧》
徒然BLUEなるままに──余白メモ vol.48《《《 日本の正月|お雑煮 》》》はコチラ👈
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