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ワールドカップ決勝。4年に一度の奇跡のような時間だったが、メッシの涙で、終わった。

 3位決定戦は、想像以上の点の取り合いになった。

 前半で、イングランド4―0フランスと、一方的な展開だったが、後半になりフランスは選手を4人もかえ、そして、エムバペは2得点と、その時点で得点王になった。

 最終的には、「イングランド6―4フランス」になった。

 技術的にはトップレベルなのは間違いなかったが、準決勝と比べても、試合の緊張感と密度は、かなり落ちたように見えた。

 1度敗れて、そこから戦う姿勢に戻すのは、どれだけ大変なのだろう。

 3位決定戦が本当に必要なのだろうか、という議論がまた起こるような気もした。


決勝戦までの時間

 日本時間では、決勝戦は、月曜日の午前4時にキックオフ。

 ちょうど休日になる。

 個人的には、アルゼンチンが残ったら、リアルタイムでテレビを見ようと思っていた。

 エジプト戦で、2点を先行され、残り10数分で3点をとって逆転した。その時、メッシは涙を流し、その上、胴上げまでされていた。通常なら、そんな達成感の表現をしてしまっては次に負ける。でも、ごく普通に、その後も勝ち上がって、決勝まで進んでいた。

 そのことが、とても不思議で新鮮で、1試合ごとに全てを出して生き切って、次に生き直す、そんなふうに戦っていると思えないと、そうしたアルゼンチンの強さは、理解できなかった。

 その話を何度か妻にしてしまっていたから、よほど、自分の気持ちが揺れたのだと思ったが、それを指摘されてちょっと恥ずかしかった。

 3位決定戦の試合を録画し、それを見ながら、次は決勝戦だと思うと、ちょっと気持ちが落ち着かなかった。ただ、テレビで、それも、地上波で見られる試合しか見ていないのに、少しだけでも、非日常的な感覚になっていたようだ。

決勝戦前のセレモニー

 夜中に少し寝て、午前3時40分に目覚ましをセットして、起きてきてテレビをつけたら、決勝前のセレモニーだった。

 アメリカ国家が歌われ、さらに何人かが歌唱し、ワールドカップが姿を現した。ルイヴィトンのバッグのようなものに入っている。そこにスペイン側は、日本でもプレーしたイニエスタ。そして、アルゼンチンは、1978年の初優勝の時のストライカーのケンペスだった。最初にイニエスタが、そのワールドカップを掲げた。

 ケンペスに関しては、特になつかしく、存命だったんだと思ってしまったが、イニエスタの次に持つと、黄金のカップにキスをしてしまっていた。

 いいのだろうか、と思う。それは、今日は優勝を果たした選手が最初にするべきことではないか。一種のフライングではないか、と勝手にヒヤッとした。

 その後、トム・クルーズが話をする。

 今やミスター・アメリカのような存在なのだろうか。ただ、そこにいる必然性は視聴者はそれほど感じないが、その場所で本当に堂々としている。話をしていて、サッカーのことを、フットボールと表現しているのはわかる。

 イングランドのベッカムがアメリカでプレーしていた時の映像を見た時は、インタビューなどでサッカーのことを、フットボールと言うと、「アメリカでは、フットボールは、アメリカンフットボールなんだ。サッカーと言ってくれ」みたいなことを注意され、暗い表情をしていたのが印象的だったから、今回のワールドカップでは、フットボールでいいのか、と思った。

 その後、試合直前まで、日本時間でキックオフ予定の午前4時過ぎても、まだセレモニーがあって、長い校長先生の朝礼を思い出してしまったが、試合が始まると、サッカーの空気、それもワールドカップの緊張感と、高揚感のある時間が、また流れ出した。

アルゼンチンVSスペイン

 アルゼンチンと、イングランドの試合の時、因縁の戦いと言われていたが、それならば、このスペインとの因縁の方が重く長いはずだ。

 アルゼンチンの選手たちはスペイン語を話す。それは、かつてスペインの植民地だったからだ、という歴史的な事実がある。

 その話は、少なくとも、試合前まで、されていなかったように思う。

 試合が始まって、10分くらいまで、スペインが主導権を握っているように思えた。組織的な動きで統制が取れていて、アルゼンチンに、きれいな圧力をかけ続けているように見える。右サイドのヤマルにボールが渡ると、瞬間的にキレのあるプレーを見せて、才能がわかりやすく感じられた。

 今日は、ヤマルの調子がいいのではないか。

 それから、少しずつアルゼンチンの選手の1対1の強さと怖さを見せ始める。それは時として反則ギリギリのブロックだったり、実際にホイッスルがなってしまったが、深くて激しいタックルで、ボールを奪ったりしていた。

 それは、恐怖を植え付ける行動にも思えたが、個々の局面で、人生の強さのようなものが、見え隠れしているようにも思える。やはりアルゼンチンは強くて、怖いチームだった。

 アルゼンチンの監督は、2006年のワールドカップにメッシと共に出場している、という経験が、日本のアナウンサーによって語られ、さらに、その監督のコメントとして、メッシは20年間、世界最高の選手であり続けている、というコメントまで紹介されている。

 そうだった。

 とても個人的なことだけど、1999年から19年間、ずっと介護を中心とした生活をしていた。最初の10年は、仕事も辞め、介護だけをしていた。その期間中、介護の都合で午前5時くらいに就寝するような生活が続いていた。その時間の中で、ワールドカップは夜中に放送されていることが多く、介護の合間に、テレビ画面で見ていたメッシは、いつも質の高いプレーを見せてくれていた。それだけの長い時間、トップレベルでいることは、とても難しいのではないか、というのは、サッカー史に残る天才的なプレーヤーでも、それほど長く世界のトップレベルにいられないことの方が多かったからだ。

 だから、メッシに対して、個人的には感謝するような思いが、今も続いている。

 さらに、この大会でも、39歳で、信じられないようなプレーを見せてくれるとは思わなかったから、そして、決勝まで進んで来られるとも最初は予想していなかったから、ここまできたら、メッシのいるアルゼンチンが優勝してほしいと思ってしまっていた。

 だから、スペインの現代サッカーのスタイルに敬意も魅力も感じながら、それでも、アルゼンチンを応援するように試合を見ていた。

アルゼンチンの1対1の強さ

 局面、局面で、重心の低く、アルゼンチンの深いタックルが見られる。

 本当に1対1が強い。

 それは、安直な表現だけど、どの選手もケンカが強そうなプレーぶりだった。

 ハイドレーションタイムまで、シュートもほとんどなく、その後も、シュートが少なく、だけど、激しく圧力の高い試合が続いていく。

 アルゼンチンのマルチネスが交代する。とても強い選手なのに、それだけ体を削るようなプレーをしてきたのだろうとは思う。交代で入ってきた選手は、38歳、メッシと同世代。ワールドカップ4回目出場と紹介されている。

 アルゼンチンの、ディフェンスラインの裏へのボールは、スペインのゴールキーパーがペナルティエリアを飛び出して、守っている。

 メッシはあまりボールをさわれていない。当然だけど、それだけスペインが守っているからだろう。

 0対0で、前半は終わった。

 アルゼンチンは、一本もシュートをうてなかった。

 テレビ画面は、ニュースになった。

初めてのハーフタイムショー

 その後、再び、競技場に画面は変わる。

 ハーフタイムショーが、ワールドカップ史上初めて行われるらしい。とてもアメリカ的なことだと思うが、それがサッカーとなじむかどうかは、微妙だった。

 最初、歌っているのは誰かと思ったら、マドンナが大きなクルマのようなものに乗っていて、それを運転しているのがロナウドとロナウジーニョだった。

 その後、大勢の人たちのパフォーマンスと演奏が続いているが、できたら、短くていいのでは、と思いながらも、その後にBTSまで出てきた。

 しかも、レフェリーの小芝居を含みつつ、ジャスティン・ビーバーがギターの弾き語りをしている。

 だけど、もういいのではないか。

 あの緊張感が、どこかへ行ってしまわないだろうか、とちょっと不安になり、パフォーマンスを素直に楽しめなくなる。

 30分くらい続くらしい。通常のハーフタイムの倍くらいの時間になるようだ。

 後半のプレーの質に影響が出ないだろうか。早く終わらないだろうか、という気持ちになる。サッカーというスポーツとハーフタイムショーは、やっぱり相性がよくないのではないか。

 つい先日、F.I.F.A.の会長が、トランプ大統領を、すごく持ち上げている映像を見た印象と重なる。

 森保一監督が、(解説?ゲスト?として)出演している。優勝を目標にしている、と口にしていたのに、といったことは感じる。テレビと関係なく、もっとこの試合も集中して見た方がいいのに、といった、ポジティブな感情だけではなくなる。

 早く、後半が始まってほしい。

決勝戦・試合後半

 再び、ピッチに登場する選手たちは、見ている側の勝手な心配とは関係なく、集中力と緊張感は、変わっていないようだった。

 アルゼンチンは、また一人、選手を交代する。

 後半、アルゼンチンのミスパスで、スペインのシュートにつながるが、ゴールキーパーが止める。

 とにかくアルゼンチンが、守り続ける時間が長い。

 アルゼンチンの最初のコーナーキックは、メッシがニアサイドへあげる。得点の気配がないまま、ゴールキックになる。

 静かな時間が続く。

 スペインは、ずっとボールを支配しているようだ。

 後半のハイドレーションタイムを過ぎて、両チームの選手の交代の機会も多くなり、どちらもできることは、全てしていると思う。

 メッシは、ずっと、ボールにさわる機会自体が極端に少ない。

 ずっと緊張感が高く、スペインがボールを保持している時間が多く、アルゼンチンが守っている機会が目立つまま、後半も終わろうとしていた。

 延長、さらにPK戦まで、イメージできるのは、4年前も、そういう展開だったからだ。

 後半のアディショナルタイムで、アルゼンチンのフェルナンデスが2枚目のイエローカードのため退場。アルゼンチンは、10人になってしまう。

 ここで、もうアルゼンチンは、終わってしまうのではないか。状況は違うが、2006年のワールドカップ決勝で、ジダンが退場になりフランスが敗れた記憶と、どこか重なってしまう。

 後半が終わった時点でも、アルゼンチンはシュートが0本だった。

 こんなことがあるのだろうか。

 ただ、ここまでの展開は、フランスとスペインの試合と似ていた。突出した個人を、洗練された組織的な動きによって、スペインが、その攻撃力を封じることが徹底されていた。

 そのためか、メッシも、これまでと比べて、ボールが足についていない感じや、狭くて厳しいところにも自然に通していたパスもつながらない。というよりも、やはり、ボールを持つ機会が、極端に少なかったのは、メッシへのパスも徹底してカットされたりしたせいだろう。

アルゼンチンの「何かしてくれるような」気配

 延長に入っても、スペインはずっと主導権を握っている。

 元々、長い時間ボールをキープするサッカーなのだから、当然かもしれないが、アルゼンチンは、10人になってしまったから、より、守る時間が長くなる。

 ケガ人が出たり、反則があったりして、試合が中断する時間が長くなって、それも含めて、人数が少ないアルゼンチンの戦略のようにも思えてくる。

 だが、延長後半に入って、1分。

 スペインが右サイドからのクロスをあげ、ゴールラインギリギリのところで、ヘディングで折り返す見事なプレーをウィリアムズが見せたと思ったら、トレスがシュートを決める。

 決まった。

 その時、自分がずっとアルゼンチン、というよりは、メッシを応援していたのが、よくわかった。

 それからあとは、まだ何かしてくれるのではないか。メッシは、これまでも見せてくれたのではないか。

 そんなことを思いながらも、サッカーのスタイルが崩れないスペインの凄さを改めて感じるし、このサッカースタイルは、個人的には、1974年のオランダ以来、サッカーの理想であるとも思っていて、もし、今回、メッシがあれだけのプレーを見せてくれなかったら、おそらくはスペインを応援していたようにも思った。

 もう残り時間は少ない。

 頭の中では、一人少ないアルゼンチンが得点を挙げるのはほぼ不可能だと考えているが、テレビの解説者が、メッシなら何かしてくれるのではないか、といった言葉を繰り返しているように、視聴者の一人としても、そんなことを思っていた。

 ほとんど試合最後に、アルゼンチンは、コーナーキックのチャンスを得たり、本当に追いつけると思えたボールがスペインのゴールに向かったりしたが、ゴールキーパーの守りも、本当に安定して固かった。

 試合が終わった。

 見ている方まで、少し気の抜けるような瞬間だった。

 とても勝手なことだけど、メッシのいるアルゼンチンが勝って、また笑っている姿を見てみたかったのだと思い、それがかなわなかったので、終わったのに、まだ終わっていないような気持ちになった。

 だが、シュート数が、延長まで含めてもアルゼンチンは2本。冷静にみたら、スペインの完勝だった。

メッシの涙

 試合後のメッシは、ずっとピッチに座っていた。

 一人だった。

 ドローンの映像でアルゼンチンのチームが映されていたが、それぞれの選手たちは、一定の間隔を空けて、やはり一人で座り込んでいるようだった。

 何かが抜けてしまったようなメッシの表情を、カメラがとらえている。

 ワールドカップの決勝は、試合が終わってから、表彰式までが思ったよりも長い。勝ったチームは、それぞれくつろいではしゃいで、チームが一緒に動いているようだったが、負けたチームは、おそらくどうしたらいいのか、わからない、というよりも、何もする気力も体力も残っていないのだろう。

 1990年、アルゼンチン代表は連覇に臨み、決勝で敗れたあと、マラドーナは号泣していたが、それは、まだエネルギーが残っていた、ということなのだろうか、と思うくらい、アルゼンチンの選手たちは、静かに見えた。

 表彰式は、いつものように進み、最初にトランプ大統領から、アルゼンチンがメダルをかけられ、その後は、優勝のスペインが金のメダルを授与される。その後、チーム関係者だけが、そこにいることを許されるはずの表彰台にトランプ大統領は居残って、F.I.F.A.の会長から、そこを降りることをうながされるような仕草で、ようやく台から降りた。それは批判されても仕方がない行動だった。

 銀メダルを下げたメッシは、他のチームメイトともにピッチに立っていて、どうやらアルゼンチンを応援するスタンドを見ていたようだったが、涙を流していた。

 その映像が流されながら、日本の放送局の解説者は、現在39歳のメッシだが、次のワールドカップも出てくるのではないか、メッシならばやるのではないか。そんな話をしていて、それは、無理だと思いながらも、ついそんな妄想に近い想像をしてしまうほどの、この20年のプレーだったし、さらに今回のワールドカップの動きやプレーの凄さを見ていると、あと4年くらい経ってもメッシなら大丈夫なのではないか。そんなことを思いたくなる気持ちもわかった。

 4年に1度。サッカーのワールドカップはおこなわれる。

 そして、決勝戦は、どの試合も、予想ができない展開になることが多い。

 日本時間では、午前7時前に、ワールドカップの全部が終わった。

 そのすべてを、それほど熱心に見ていたつもりもなかったのだけど、祭りの後の虚脱感のようなものがあった。

 また日常に戻らないといけない。

 まずは、少し寝よう。

 今日も暑くなるようだった。









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