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信田さよ子、菅野完・・・僕を救ってくれた恩人たち

いい。実に良い。

https://youtu.be/FuyEeGjaj0Y?si=vu7jdz-i8SmJmZNZ


サムネイルでは「本」となってますが、HIV支援SWをしているGAYの知人が相談を引き受けてくれ、原宿にカウンセリングセンターを構える信田さんの加害プログラムにつないでくれたそうです。それがなければただの右翼青年だったとも述懐している。
きっちりした支援をできる専門職が不毛な日本社会だけに世の中狭いものだなあと。まだまだ高度な支援は属人化されやすいのも未熟な田吾作社会だという事の証左以外ではないのだが。それはともかくとして、菅野完氏は信田さよ子の著書を徹底的に読むようにも変わったと。

上記の動画で信田さよ子のプログラム参加者や読者が救われさりげなくカッコいい生き方を手にしていく姿、共通のテイストがあり、著作に首尾一貫しているメッセージについて菅野氏はズバリ指摘している。僕も同感だ。
信田さよ子に共感するとド左翼だとみられたくないという連中が必死に担ぎ出しているのがアドラーだの「嫌われる勇気」だの・・・どこか浮き上がって見える「専門職」がやらかしてるお決まりのパターンにさえ見える。
 そんな諸種層をズバリ菅野氏は批判する。

読書会動画の魅力

https://www.youtube.com/live/9eDpfB7hG6I?si=QIX1dJQHmGaX3i7B


 菅野完あかたちかこさんとの信田さよ子「家族と国家は共謀する」の読書会で菅野完さんはそう述べた。僕が菅野完に惹きつけられたのは、めちゃくちゃ精神史の体系がカッコいいだけでなく社会観や人間観が理路整然としたリアリストだということを感じた。そして12ステッププログラムをきっちりくぐった人共通のテイストにも似たおちつきと突き放したさりげないやさしさに通じる人だなあとも直感した。そこから僕自身は菅野完を鏡とした上野千鶴子再評価の旅も始まったといえる。ただ世代感覚としては僕は「昭和40年オトコ」の世代だし、菅野完は僕が教育実習をした学年に匹敵し「AIDS愛好会」という高校文化祭展示会をやってのけた最初の卒業生たちの世代(氷河期世代)の申し子ですらある。だからというか、石川大我や尾辻かな子らと時代感覚はほぼ同年代であるし、21世紀をきっちり掴んでいる世代の利点を持ち合わせている。菅野氏らは21世紀の住人。僕は20世紀の遺物にすぎないという事をまざまざ思い知るし羨望すら抱くわけである。

<恥ずかしながらの自分史周辺を一部ふりかえる>

ゴム・ロクムなど「生産性会議」由来のステロタイプにはめ殺され、川田悦子や五島真理為といった「可哀そうな人」に憑依する市民分断活動家あるいはおすぎとピーコらのように「裏街道」の人間は裏街道で弱みを握りあっていればいいのだ、とするまるでブールリアゲ作品の鶏小屋のひよこたちとして安住せよとする日陰者としてのLGBTに押し込められていた僕ら世代、そしてひょっこり外の世界を知って「太陽は丸いんだ」と言い続けた南定四郎のような人物・・・。この時代の不幸は自分の見聞きしたもののものさし以外信じることができないばかりか、「自分が言っている言葉」さえ借り物だったり、自らの「病み=闇」ゆえに他人の言葉を自分の言葉として最初から備わっていたかのような言説を繰り言のように繰り返すことで自分を守る「弱者の鎧」に詰め込まれた人たちの群れでもあった。連帯や連携なんて土台無理な状態でのコミュニティアクションのスタートでもあったのだ。もう一言だけ誤解を恐れずにいうならば社会的弱者の中では「マジョリティ」といえるだけの多数なのにマジョリティに必要な配慮や対話精神が全く備わっていなかったGAYコミュニティの限界ということも言えよう。彼らにできたことは新宿二丁目ではなく歌舞伎町や銀座で「ノンケ男性」と一般社会の中で渡り合っていたトランスジェンダーの先人たちと接点ができるわけはなく、性行動や性的魅力を感じる対象が外から見れば「男性」であったとしても、ヘテロ男性と恋も知性もビジネスも、その限りホモソーシャルの担い手の側で十分に世渡りの能力も接点をも持てていたトランスジェンダーの人たちに対して、「ノンケ」テイストにあこがれながら「ゲイゲイしい」二丁目でしか通用しない「本人がいう事だから信用してはいけない」精神状況の人たちも受け入れている伏魔殿の住人たちを恋愛と性処理の対象として使い捨てしてきた人たちとでは大きく違わざるを得ない。男vs男は売春防止法対象外だという切り口からでは到底つながらない。セクシュアリティだけでは語れないのがジェンダーギャップというか、実社会とガチでお付き合いをしていたトランスジェンダーたちと、観光バーを主な接点に「クローゼットなおかま」たちがお忍びで著名人の現れるゲイタウンの二丁目と、主体のかかわり方が明らかに違う人たちが「LGBT」という男女2つの性しか認められない仕訳けの中でラベルを貼られていたわけである。
キャピキャピしてばかりはいられないとなったのが2003年。AIDS対策班の拠点としてドロップインセンターとして新宿二丁目「ACTA」と堂山に「DISTA」が誕生し、ポリティカルな活動とコミュニティのアクションが一致するようになったあたりがエポックだったとはいえる。
この段階あたりから、薬害エイズ原告団由来の家西悟以外の国会議員として尾辻かな子の登場は十分に意味のあることだった。このあと自治体議会レベルで石川大我や
LGBTという幻想がある日突然降ってわいたのもAIDSショックでサンフランシスコが陥落し、2万人ものGAYがまたたくまに死んでいった現実、そして2丁目の「はじめちゃん伝説」「がんすけの陽性告知バッシング」と「ガービィ爆誕」「ピンクベアの陽性告知バッシング」などなどADON刊行終了に追い込まれたほどリブ活動への忌避感覚はひどかったし、個人の集まりとしての自由を「アイツも嫌い、コイツも嫌い、だけど『今日だけ』一緒に歩く」というパレードのスローガンが提案されるやモラハラで排除し一体感をまるで「絆」や一枚岩のような幻想に横滑りし結局は己を仮装行列で武装したきゃぴきゃぴしただけのお祭り騒ぎへ加工していった。

2006年、日本のAIDS Issueで始まった「コミュニティアクション」の共通キーワードに、ぷれいす東京の池上千寿子さんのアイデア「Living Together」が取り上げられていったわけだが、運動論としての弱さやムードに流されたメッセージが啓発という行動ではなく啓発運動に酔う自己愛へ滑っている実際の人々や、自己同一性を見出すべき場面で自己同一視との混同で分断と仲間割れに持ち込む騒ぎをおこし、果てはアウティング合戦を起こしたり・・という運動体の脆弱性すら露呈されていくことになる。そこに被害者性の鎧をまとった魔女りてぃたちがウィークネスフォビュアの発露としてのトランスジェンダー攻撃という形ですらあらわれたのではないか、とすら感じている。なぜなら、いつまでたってもハッテン場の暗がりでバレたら困るバレたら困ると怯えながら勃起させる隠微さこそが自分たちだという弱者の鎧を脱げず、リブ活動は恥の上塗り、同性婚なんてはしたない、と感じる世代のしっぽはまだまだ根強く存在しつづけているからだが、これも、ベビーブームという単なる人口比のパワーゲームで多数派だから声が大きく聞こえるだけであろうし、あと30年もして日本が6000万の人口に減って小さな後進国に落ち着くころにやっと人口ピラミッドが正常化され社会の運用もいびつなものから脱却でき、そこで初めて日本社会における社会権の発達が始まる時節が訪れるのではないだろうか。

それが現段階においてはレインボープライドのいびつな商業主義の現実へと繋がっていくことにもなるのだろうしここ20年あまりの遠回りを経て自分たちの足が地べたにつくのが少なくとも30年はかかるんだろうという展望は見えたように思える。魔法のランプの住人=魔女りてぃになりたがる自分たちへの強烈な自己批判と分析ができない限りはこの「自己愛・被害者しぐさという酔い」から自由になれないという気がしないでもないからだ。

僕を救ってくれた恩人たちの話題、そして「私の中のわたしたち」への感謝は別の機会に。

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