イエス・キリストはキリスト教の開祖ではない(多くの人にとっては)
「イエス・キリストはキリスト教の開祖である」とされることがある。しかし、多くの人にとってはこの認識は「間違い」だと言える。
「多くの人にとっては」というのは、信仰の一部としてそのような視点をとっているのでなければ、ということである。順番に説明したい。
まず、「イエス・キリスト」という名称それ自体が問題となる。
なぜなら、これはいわゆる「人名」ではないからだ。正確に言えば、「イエス」は人名(当時よくあった名前)だが、「キリスト」とは、「救い主」を意味する「概念」である(ギリシャ語のクリストスに由来する)。
ここで重要なのはすなわち、イエスを「イエス・キリスト」と呼ぶということは、「イエスをキリストだと認識している」ことを意味するのだ、という点である。
これが問題になるのは、まさにこの「イエスをキリストとみる」というのは、ある意味では「キリスト教徒」の定義そのものだからである。
すなわち、一般的には「イエス・キリスト」という言い方は慣習的に許容されているが、これはあくまでもキリスト教徒目線での呼び方であり、本来は信仰告白にも値するくらいの言葉なのだということだ。
もっと言えば、それはそもそも「イエスがキリストであるかどうか」というこの点こそが、ユダヤ教とキリスト教の最大の分かれ目だとも言えるからである。
(ちなみに、「新約聖書/旧約聖書」という呼び方も同様である。これらは、イエスが現れたことによって神との「契約」が「新しくなった」という、やはりキリスト教徒目線での呼称だからだ。ユダヤ教における聖書(ユダヤ教聖書、ヘブライ語聖書)とキリスト教で言う旧約聖書は、客観的内容は信仰外から見ればほぼ同じだが、ユダヤ教徒はユダヤ教における聖書を「旧約聖書」とは呼ばない)
そもそも「キリスト」という概念は、元々は「油を注がれたもの」という意味だが、これはユダヤ人が王の頭に油を注ぐ儀式に由来する。すなわち本来はユダヤ文化の中での「王」を指す。
その上で、ユダヤ人にとってはバビロン捕囚(バビロニア捕囚)によって王が不在になっていたところ、次第に「いつか再び王が現れて人々を救う」という信仰が生じたために、この言葉が「救い主」(ヘブライ語ではメシア)のニュアンスをも帯びるようになったのである。
そして簡単に言えば、そのような文化の中でイエスという人物をまさにその「救世主」と捉えて、ユダヤ教から言わば「独立」してできたのが「キリスト教」なのだ。
少し駆け足でみたが、以上からわかるのは、ともかく「イエス」が「イエス・キリスト」であるためには、イエスを「キリスト」と見なす人たちが生じる必要がある、ということである。そして、それがのちにキリスト教徒と呼ばれるようになった人たちなのだ。
ということで、いずれにしてもこの時点で、「イエス・キリストはキリスト教の開祖である」という理解は、どこかおかしいことがわかる。
なぜなら、この意味で「イエス・キリスト」と「キリスト教」はワンセットだからであり、「イエス」がキリスト教を開くことはありえても、「イエス・キリスト」が「キリスト教を開く」というのは、「キリスト教」の前に「イエス・キリスト」が存在したことになってしまうし、あるいは、イエスが自分自身を崇める宗教を作ったということになってしまうからである。
これについて補足しておくと、たとえばユダヤ学者・聖書学者の上村静氏は、『旧約聖書と新約聖書』で次のように述べている。
イエスはユダヤ人であり、ユダヤ教徒であり、当時のユダヤ社会の諸問題に対峙したひとりの人間であった。イエスには、ユダヤ教とは別の新しい宗教を創設しようという意図もなかったし、ユダヤ教の中に新たな一つのセクトを形成しようという意図もなかった。イエスの活動は、むしろセクト運動とそれを支えたセクト的価値観に対抗するものであった。
すなわちいわゆる「史実」という視点で言えば、イエスは完全にユダヤ文化の中にあった人なのであり、そしてそのユダヤ文化の改革を目指していたのである。
その上で、ここではセクト的価値観に対抗する意識がイエスにあったことが指摘されているが(これは聖書から読み取れることだ)、それならイエスはどちらかと言えば、開祖(ましてや教祖)になることなどはむしろ積極的に避けていたとさえ言えるということなのだ。
さて、次にもうひとつ重要なのは、素朴に考えれば「宗教」であるためには、基本的には「開祖」や「教祖」とは別に、「教義」というものが必要だ、ということである。
そうすると「教義を作ったのは誰なのか」ということになるが、結論から言えば、それは「パウロである」というのがひとつの考え方だ。すなわちこの言わばストレートな意味でも、「イエスはキリスト教の開祖ではない」ことになる。
これについて、同志社大学神学研究科で牧師になるための課程を修めてもいるキリスト教徒で作家の佐藤優氏は、『新約聖書 I』『新約聖書 II』において、それぞれ次のように述べている。
高校や大学の入学試験問題で、「キリスト数を開いたのは誰か?」という出題がなされた場合、「イエス・キリストである」と書けば正解になる。しかし、神学部の期末試験で同じ出題がなされた場合、「イエス・キリストである」という答案は不正解になる。キリスト教という新しい宗教を開いたのは、生前のイエスとは一度も会ったことがないパウロだからだ。
歪んでしまったユダヤ教を正すことをイエスは意図していた。パウロは、イエスの意図がユダヤ教の枠内では実現不可能と考えていた。そこでイエスが救いであるというキリスト教を開いたのだ。キリスト教の教祖はイエスであるが、開祖はパウロなのである。
前掲の上村氏の記述と重なるところもあるが、ここでの記述をまとめるとすなわち、まず今日で言うところの「ユダヤ教」が行われており、次に、そのユダヤ教の改革を意図してイエスが活動したのであり、そしてさらにあとに、パウロがそのイエスの活動に対して特殊な解釈を加えたことで「キリスト教」ができたのだ、となる。
ということで、これに従えば、「キリスト教の開祖はパウロなので、ゆえにイエスではない」という単純なことが言えるのである。
実際に、新約聖書をみると、「教義」にあたると言える「キリスト教徒としてのあるべき態度」にあたるものが述べられているのは——最初にある『福音書』および『使徒行伝』と、最後の『ヨハネの黙示録』の間の部分にある——「書簡」(たくさんの手紙)の中で大部分を占める、パウロによる書簡群においてである(ちなみにそれらが年代的にも新約聖書中で最も古い)。
いずれにしても、外からみればキリスト教とは、イエスの言動を伝えるというよりも、イエスの言動をパウロが特殊に解釈した内容を主に信じる宗教なのだ、ということである。そして、だからこそイエスが作ったわけがないということでもある。
まとめると、「イエス・キリスト」が「キリスト教」の開祖であるということは、そもそも論理的にもおかしいし、実際にもイエスはキリスト教の開祖ではない。したがって、「イエス・キリストはキリスト教の開祖ではない」ということである。
こうしてみれば、素朴にイエスを「キリスト」と呼んだり「開祖」とみなすというのは、むしろ「宗教」という概念そのものへの無理解に起因するとも言えることがわかるが、それについては次回、今度は「仏教」を取り上げる際にあらためて触れられればと思う。
おもしろいと思っていただけましたらスキ(「♡」ボタン、ログイン不要です)やシェアしていただけるとありがたいです!
いいなと思ったら応援しよう!
いただいたチップはより良い記事を書くために使わせていただきます。