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「利用者さんに救われた」という言葉が、きれいごとに聞こえる日に読む話

介護の仕事をしていると、

「利用者さんに救われました」

という言葉を耳にすることがあります。

研修でも聞く。

講演会でも聞く。

SNSでも見かける。


でも正直、

疲れている日は思うんです。


「そんなきれいな話ばかりじゃないよな」


利用者さんに怒られる日もある。

理不尽なことを言われる日もある。

何度説明しても伝わらないこともある。

認知症の症状で暴言を受けることもある。


こちらだって人間です。

傷つくこともある。

イライラすることもある。

落ち込むこともある。


だから、

「利用者さんに救われた」

という言葉が、

時々きれいごとに聞こえる。


実は私もそうでした。


新人の頃は特にそうです。

毎日覚えることばかり。

失敗ばかり。

先輩から注意される。

利用者さんへの対応もうまくいかない。


仕事が終わる頃には、

心も身体もクタクタでした。


そんな時、

ある利用者さんから言われました。


「今日は元気ないね」


その一言でした。


特別な話ではありません。

人生訓でもありません。

感動的なエピソードでもありません。


でも、

なぜかその日は胸に残った。


自分では隠していたつもりだった。

笑顔で仕事をしていたつもりだった。


それでも、

見てくれていた人がいた。


そのことが少し嬉しかった。


介護職は、

支える側だと思われています。


確かにそうです。

利用者さんを支える仕事です。


でも現場にいると分かります。


本当は一方通行じゃない。


こちらが支えているだけの日なんて、

実はほとんどない。


利用者さんの笑顔に救われる日もある。


何気ない一言に救われる日もある。


人生経験から出る言葉に、

ハッとさせられる日もある。


利用者さんが頑張っている姿を見て、

自分も頑張ろうと思う日もある。


それは決して、

感動的な話ではない。


もっと地味で、

もっと日常的なものだと思う。


例えば、

リハビリを嫌がっていた利用者さんが、

少しずつ歩けるようになった時。


「まだ頑張るよ」

と笑った時。


家族を亡くした利用者さんが、

悲しみを抱えながらも前を向こうとする姿を見た時。


人って強いなと思う。


そして同時に、

自分ももう少し頑張ろうと思う。


利用者さんに救われるというのは、

何か特別な奇跡が起きることではない。


人生の先輩たちの姿から、

生きる力をもらうことなのかもしれない。


介護現場には、

たくさんの人生があります。


戦争を経験した人。

会社を大きくした人。

子どもを育て上げた人。

家族を支え続けた人。


その人たちが今、

利用者さんとして目の前にいる。


だから時々、

介護をしているつもりが、

人生を教えてもらっていることがある。


もし今、

仕事に疲れているなら。


「利用者さんに救われるなんてきれいごとだ」

と思っているなら。


それでもいいと思う。


無理に感動しなくていい。


無理に前向きにならなくていい。


ただ明日、

利用者さんとの何気ない会話を少しだけ聞いてみてほしい。


その人の人生に少しだけ耳を傾けてみてほしい。


もしかしたらそこに、

今の自分に必要な言葉が隠れているかもしれない。


介護は、

支える仕事。


でも同時に、

支えられる仕事でもある。


だから面白い。


だから難しい。


そして、

だからこそ続ける価値があるのかもしれない。


今日も利用者さんと関わったすべての介護職のみなさんへ。

本当におつかれさまでした。


あなたが誰かを支えたように、

きっと今日も、

どこかであなた自身も支えられていたはずです。

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