もや86.お尻に「✕印」を貼った社長は、プレゼンで勝利の女神に微笑まれるのか
久々に、プレゼンという名の決戦の場に引っ張り出されることになった。
本来、我が社におけるプレゼンというものは、
現場で汗を流す優秀な担当メンバーが威風堂々と出席し、
熱弁を振るうのが世の常であり、
理(ことわり)である。
しかし、人生とは常に予期せぬスクラムの連続だ。
メンバーたちのスケジュール表を覗き込むと、
そこにはぎっちりと埋まった
「打ち合わせ」
「締め切り」
「往訪」の過密都市。
だれ一人として動けない。
「……よし、私が代打でいこう」
社長という立場でありながら、
久々の前線復帰である。
背筋を少しだけ伸ばし、
PCのスケジュール画面を開いて、
プレゼンの予定を「ポチッ」と入力しようとした、その時だった。
カレンダーのプレゼン当日の午前中に、
あらかじめ鎮座している、
あまりにも不穏な文字が目に入った。
「通院」
プレゼンは夕方だ。
時間的には何の支障もない。
完璧なタイムスケジュールのはずだった。
が、しかし。
しかしである。
過去に書いた記事をお読みいただいた
奇特な方なら察しがつくかもしれないが、
私はごく最近、
お尻の手術を受けたばかりの
「お尻限界中年」なのだ。
午前中の通院は、
まさにその術後処置のために組み込まれた、
避けては通れぬイベントであった。
この「処置」というのが、
また実に味わい深い。
細かい医療的プロセスは(読者の皆様の胃腸の平穏のために)端折らせていただくが、簡単に言うとこういうことだ。
担当医による
容赦のない治療が終わると、
看護師さんの手によって、
私のお尻のしかるべき場所に
分厚いガーゼが添えられる。
そして、それを固定するために、
医療用テープが
「バッテン印(✕)」
を描くように
勢いよく貼り付けられるのだ。
そう、私の肛門付近には、
海賊船の宝の地図よろしく
「ここに宝が眠っている」
と主張するかのような、
見事な✕印が刻まれるのである。
普段の通院日であれば、
私はお尻にバッテンを貼り付けたまま、
何食わぬ顔で自席に戻り、
「ふぅ、今日もいい仕事をしたな」
などと気取って終業時間を迎える。
誰も私のお尻に極大の✕印が貼られているなどとは
夢にも思っていない。
完全犯罪成立である。
……待てよ?
思考が、ピタッと止まった。
ということは、だ。
今回のスケジュールを
そのまま実行した場合、
私は「お尻に巨大なバッテン印を貼り付けた状態」で、
プレゼンの壇上に立つことになるのではないか?
スーツを着込んでいるから、
当然、相手企業の方々から見えはしない。
私はビシッと決めたネクタイを締め、
真剣な眼差しで事業計画をプレゼンする。
「我が社の強みはですね……」
などと、力強く語るだろう。
だが、その時、
私のパンツの中では!
お尻の中心で!!
鮮烈な医療用テープが!!!
「✕」を描いて私のお肉を
キュッと締め上げているのだ。
想像してみてほしい。
大事な案件のプレゼンで、
熱弁を振るう経営者。
しかし、そのお尻にはバッテン。
運命の神様は、
いったいどのような顔で
この滑稽な戯画を眺めるのだろう。
「最初からお尻にバッテン印がついている社長の会社」に、
果たして勝利の女神は微笑んでくれるのだろうか?
いや、無理だ。女神だって引く。
「あ、この人、なんかバッテンついてるから不採用で」と、
天界の審査基準ではじかれるに決まっている。
みすみす自ら運を捨てに行っているようなものではないか。
プレゼンの成否以前に、
人間としての尊厳と幸運の引き寄せ能力が、
お尻のバッテンによって
相殺されてしまう気がしてならないのだ。
冷静に考えれば、
「完全にくそどうでもいい悩み」である。
プレゼンの出来に、
お尻のガーゼの貼り方は1ミリも関係がない。
……関係はないのだが。
一度芽生えた
「お尻バッテンの呪い」に対する恐怖は、
私のチキンハートを容赦なく蝕んでいく。
プレゼンの最中に
「今、この瞬間にテープが剥がれたらどうしよう」とか余計なノイズが頭をよぎったら、勝てるプレゼンも勝てなくなってしまう。
「……うん、やめよう」
私は静かにマウスを握り直し、
午前中の病院の予約変更ボタンを押した。
神様、幸運の女神様。
プレゼン当日は、
私のお尻を
「まっさらな状態」にして挑みますので、
どうか何卒、よろしくお願いいたします。
