神と悪魔は、対等じゃない。
神と悪魔が同じくらい強い存在なら、対等の存在なら、この世界はとっくに終わっていたと思います。
よく、映画や漫画の中では、神と悪魔が対をなすように描かれます。光と闇、白と黒——まるで同じ重さの錘が天秤の両端にあるような世界観です。でも私には、どこかそれが事実と違うと感じられていました。
「五分五分の戦い」という誤解
以前の話で、善は遠くて悪は近いという構造をお伝えしました。
悪のエネルギーはアストラル界という、物質界に最も近い霊的な層におもに根ざしています。だから人間には感知しやすく、影響を受けやすい。一方、本当の意味での善は霊界という、もっと遠い領域に属している。
この非対称な構造を知ると、「悪が有利なんじゃないか」「善は勝てるのか」という気持ちになる方もいるかもしれません。
あるいは逆に、「悪は善を覆せない」と思える要素もあります。
ウイルスは、人間と対等じゃない
こう考えてみてください。
人間とウイルスは、対等な存在か?
違いますよね。ウイルスは生存戦略に基づき、ただ増殖しようとするだけです。人間はウイルスを観察し、培養し、治療法を開発できる。圧倒的に人間の方が「上」です。
でも、ウイルスは人間を死に至らしめます。
これが、この世界における善と悪の構造に、驚くほどよく似ています。
高次の世界は一元的です。すべては一つの光から生まれ、すべての光は一つの光につながっている。その「つながり」を私たちの言葉で表すなら、愛、ただし英語のloveではなく、agapeです。無私の愛、見返りを求めない愛。博愛とも呼ばれる純粋な愛。
私たちの魂も、その光の一部です。そして魂は、永遠不滅の存在です。
悪が壊せるもの
神は永遠不滅です。魂も永遠不滅です。
では悪は何を壊せるのかというと物質、それと、そこに根ざすエネルギーです。
この物質世界。そして私たちの肉体も、物質でできています。
魂はどれほど苦境に立たされても、消えることはありません。でも、私たちの肉体も、この物質世界も、ウイルスが宿主を死に至らしめるように、悪は物質の領域に壊滅的なダメージをもたらす力を持っています。
神と悪魔は対等でなくとも、悪は世界を混乱と破壊に陥れることはできる。
これが、悪の本当の恐ろしさです。
そして大抵の人間は、政治に無関心なのと同じように、遠い何処かで行われてるかのように錯覚していて、善と悪のせめぎ合いにも無関心です。
ですが、本当は自分の内側でこの戦いは日々起きているのです。
対等だと思うから、戦い方を間違える
ウイルスに対して人体に必要なのは、ウイルスを恐れて怯えることではなく、免疫を正しく機能させることです。善も、これと同じ原理だと思っています。悪を直接倒そうとするより、光を灯し続けることの方が、はるかに確かな対処になります。
あなたの周りにも、どちらかのエネルギーが強く流れている場所や人がいませんか。そのとき感じる「なんか違う」「なんか重い」という感覚は、案外正確なものだったりします。
善悪の難しさは、正しい気持ちを持っていても、そこに自己中心性があると他人の自由意志を侵害したり、「純粋な愛」として機能しなくなるところです。
だからこそ、善と悪の戦いは、つねに多勢に無勢になりやすいのです。
戦いは外よりも先に、内側で始まっている
光を灯し続けることが、実は簡単ではありません。
この世界では、光に帰ろうとする力と、物質世界を混乱に陥れようとする力が、常に交差しています。そしてその戦いが最初に起きる場所は、外の世界ではなく、まずは自分の内側です。
自分の中のエゴ、自己中心性、恐れ、欲望。それらを選ぶか、愛を選ぶか。その小さな選択が積み重なって、外の世界に現れていきます。
今、世界のあちこちで起きている対立や紛争も、突き詰めれば無数の「内側の戦い」がこぼれ出たものです。
神と悪魔は、対等ではありません。でも私たちの肉体と、この物質世界を破壊と混乱に陥れる可能性を秘めています。
あなたの内側で、今日も小さな戦いが起きているかもしれません。
その戦いのことを、次に書きます。
