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「大ゴッホ展 夜のカフェテラス」|2026.7.19.

《夜のカフェテラス》をどうしても観たかった。
この度の「大ゴッホ展」では、約20年ぶりにそれが来日した。言うまでもなく、絶対に逃してはならない好機だった。

小学校高学年のとき、絵画を模写する授業、というものがあった。好きな絵を一枚選んできて、その絵を水彩で表現する、という内容だ。

伝記を読むことにハマっていた私は、その中で最も特に印象的だったある一人を思い浮かべた。
――生前はほとんど評価を得られず、それでも描きたいものを描き続けたゴッホ。
その生き様に魅了されていた私は、ゴッホの作品から模写する絵を選ぼう、と決めた。
そして、最終的に選んだのが、《夜のカフェテラス》だったのだ。

当時の私としてはかなりの力作だった。油絵のこってりした塗りを表現するため、極力水に溶かさず絵の具を塗ったり、細筆がないからと爪楊枝を持ち出して塗ったりもした。
熱意をもって作品を仕上げた記憶が鮮やかに残っている。それくらい、この作品に惹かれていたのだ。

本題の美術展の話に入ろう。
上野の森美術館にて開催されている「大ゴッホ展 夜のカフェテラス」は、ゴッホの初期の作品から、彼の人生を追体験するかのように絵を眺めていく構成となっていた。

このたびの第1期では、バルビゾン派やハーグ派の影響を受けた草創期のオランダ時代に始まり、印象派を中心とする画家たちと交流したパリ時代を経て、南仏アルルで傑作《夜のカフェテラス(フォルム広場)》を描くに至るまでの、ファン・ゴッホの前半生に焦点を当てます。

【公式】大ゴッホ展 夜のカフェテラス 東京展 | 2026年開催

彼が影響を受けた画家たちと、その作品。
解説と共に添えられた、弟テオへの手紙。
絵の基礎を学び、自分の表現したいものを追求していく様子……。

正直に言ってしまえば、ぱっとしない作品も多かった。27歳から絵を描き始め、好きな画家の作風に影響を受けながら表現を追求していったゴッホの試行錯誤が、その良し悪しにかかわらず並べられている。

ゴッホの画家としての成長を間近で見守るような、そんな展覧会だった。

個人的には、農民や炭坑夫、織工などを描いた初期の作品が印象的だった。本当に表現したいものは表現しきれていなさそうな印象は受けたが、「この人たちの生活を描きたい」という強い情熱を感じられた。

パリに越した頃には、彼の絵は煌びやかな魅力を得ていた。試行錯誤の末に辿り着いた自分らしい表現を、少しずつものにしている様子が見られる。

「絵、上手くなったなぁ」
そうぽつりと溢してしまった。それまで見てきた絵とは、印象への残り方が全く違う。
ここまで来ると、他の印象派画家たちの絵画と並んでも遜色ない。

「モデル代が捻出できないから、静物画や自画像ばかり描いている」とのことだったが、鮮やかな花々といったモチーフでは、色彩に強みを持つゴッホの魅力が発揮されているように感じられた。

撮影可能だったのは、出口付近に飾られた《夜のカフェテラス》のみで、長蛇の列ができていた。
でも、この絵を目当てに来たのだから、絶対に正面から観たい。そんな気持ちで列に並んだ。

《夜のカフェテラス》

実物の《夜のカフェテラス》は、星空がとても印象的だった。深い青と、きらめく星々。
私は元々はカフェテラスのまぶしい黄色をとても好んでいたのだが、実際に対峙すると、目が吸い込まれるように星空を眺めてしまった。

正面からは何枚か写真を撮って、後ろにも長い列があるので長居せずサッと抜けてしまったのだが、脇から見られる場所もあったので、友人と「もっとしっかり見たいよね」と頷き合い、そちらに向かった。

やはり、いつまでも見ていたくなってしまうような空だった。
後に待っている人がいたので、あまりじっくりとは観られなかったけれど。
それでも、私の胸は充足感でいっぱいだった。

ミュージアムショップでは、《夜のカフェテラス》はもちろん、気に入った絵画のポストカードをいくつか購入した。
右下のカミーユ・ピサロ《虹、ポントワーズ》以外は全てゴッホの作品だ。

ミュージアムショップで購入したポストカード

展示は来年開催予定の2期へと続き、《アルルの跳ね橋》が70年ぶりの来日を果たすという。さらに進歩したゴッホの絵を観に行くのが、今から楽しみでならない。


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