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トントン、カラン、芭蕉布の音

「おばあちゃんはね、昔は本当に綺麗な人だったのよ」

生前、叔母がぽつりと言ったその言葉が、私の心に小さな灯をともしました。

祖母の名前は「ウト」。
沖永良部島という南の島に生まれ育ち、やがて太平洋戦争の戦況が悪化していくなか海を渡って、私へと命を繋いでくれた人。


私の知っている祖母は、いつも寂しげで、過酷な運命の影を背負っているような人でした。

愛する長男を戦争で亡くし、戦後はその息子を追うように逝った夫に先立たれーー。

時代の荒波のなか、生まれてすぐ養子に出さざるを得なかった次男(私の父)を、戦地に送る長男の身代わりのような形で、引き戻した過去がありました。

血のつながった親子でも、埋められない時間、そしてお互いへの複雑な感情を抱えながら、不器用な家族としての時間を重ねていきました。

祖母の人生は、文字通り、幾重もの哀しみと苦難の道のりでした。


叔母の言葉を手がかりに、私は祖母「ウト」の過ごした明治時代の沖永良部島へと、心の旅に出かけてみます。



そこには、ただただ眩しく輝いていた一人の少女がいたはずです。

その頃の沖永良部島の女性たちは皆、家族のために「芭蕉布ばしょうふ」を織っていたそうです。衣服がまだ、買うものではなく、手で生み出すものだった時代。

私の想像する若き日の「ウト」は、見上げるほど大きな糸芭蕉の葉の陰に立っていました。

南国の強い日差しを浴びてきらめく緑の中に、長い黒髪と大きな目、凛とした佇まい。芭蕉の繊維を木べらでしごく彼女の真剣な表情は、島の人がハッとさせられるほど美しかったに違いありません。

ウトは、島に咲き誇る「エラブユリ」が大好きでした。

純白で、気高く、強い風に吹かれても決して折れることなく、美しく上を向いて咲くその花。少女だったウトは、島の崖や畑に揺れる白い百合を見つめながら、その清らかな白を自分の心に移すようにして生きていたと思います。

繊維を爪で細く割き、結んで一本の長い糸にする「チグ」の作業は、きっと大きなガジュマルの木陰で行われました。

「ウト」という名前は、沖縄や奄美では、女の子にとても多い名前です。仏壇や神前で手を合わせて祈る際に「ウートートー」という言葉を使います。

この「拝む」「祈る」という言葉そのものが由来となり、祖母にも「神仏や先祖から守られ、優しく健やかに育つように」という願いを込めて「ウト」と名付けたのだと思います。

その名の通り、彼女の周りにはいつも温かな空気が満ち、細い繊維を操る彼女の指先は、まるで神様に祈りをこめるようにしなやかで美しかったのでしょう。

糸が完成すると、ウトは静かに家に入り、織機に向かいます。

トントン、カラン。
トントン、カラン。

集落に、海からの潮風と小気味よい木の音が響き渡ります。
それは、この先彼女の身に降りかかるあまりにも残酷な運命を誰も知らなかった頃の、無垢で幸福な祈りの音でした。

彼女の手によって織りあがっていく芭蕉布は、まるでトンボの羽のように透明で、清らかな心をそのまま映しだした布でした。

とても貧しい家に生まれたウトは、機織りだけでは食べていけず、島の裕福だった家へ女中として働きに出ました。そこで、一途に働く姿が認められ、嫁として迎えられます。

その家の跡取りが、私の祖父でした。
当時、女中が雇えるほどの家といえば、島でも指折りの資産家か、サトウキビの生産と売買で成功した豪農であったと思われます。

恵まれた環境にある跡取り息子が、奉公に来ている女性と結婚するとなれば、周囲からの反対は相当なものだったに違いありません。しかもウトは、跡取り息子よりも6歳年上でした。


それでも二人が結ばれたのは、祖母のひたむきに働く姿と心の美しさが見初められたからであり、何より、祖父の深い愛情があったからだと私は信じています。

かつて叔母が語っていた「本当に綺麗な人だった」という言葉は、きっと少しの誇張もない真実だったのでしょう。




働き者で美しかったウトの人生は、こうして幸福な幕開けを迎えたはずでした。

あの戦争がなければ……。


後に、戦争が終わっても、
奄美の島々が本土復帰を果たし、故郷がすぐそこに見える時代になっても、二人はとうとう、生きてあの美しい故郷の島へ帰ることはできませんでした。

家族を支えていた祖父がこの世を去ったのは、私が生まれる半年前。

過酷な運命に翻弄され、望郷の念を抱いたまま祖母の生涯は、一見、悲しみに満ちたものに映ります。

戦争が祖母から大切な故郷を奪い去り、心にも深い傷を残したとしても。
息子を奪われ、引き裂かれた家族の絆に苦しむ日々が続いたとしても。

彼女の人生の始まりには、あのエラブユリのように真っ白で、誇り高く、美しく命を輝かせていた時間がありました。


祖母が織った芭蕉布は残っていませんが、彼女がその細い指先で一本の糸を紡ぎ、機を揺らしたあの
「トントン、カラン」という命の音は、今の私の中にも響いています。




一年前の記事がこちら、読んでいただけたら幸いです。