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面会日の終わりに知った、娘の本音

ゆる~く生きるMiiです。


今回の記事は後編となっています。

前回の記事から先に読んでいただけると、
より伝わると思います👇


部屋に閉じこもり
ベッドで布団にくるまって泣いていた娘。



今晩は話を聞けそうにないな、
そう諦めたときに部屋に入ってきました。


「お父さん、最悪。
 おばあちゃん(元姑)には二度と合わない」

で始まった娘の苦しい思い。


それは私が想像していたものとは
まったく違いました。


元夫との面会で、元姑に会わない?
どんな話をすればその言葉が出るの?



帰省時の娘の思いを理解していた私は、
言葉が入ってきませんでした。

※娘の告白の話はこちらです👇


元夫は、待ち合わせ先で
叱られて落ち込んでいる娘に、
質問してきたそうです。


「お祖母ちゃんの家で、
 お金をもらった時に
 どんな受け取り方したの?」


娘は聞いた瞬間、

はぁ???

と思考が固まったそうです。


続けて彼は、

「お金をじぃ~っと見つめていたと、
 お祖母ちゃんが言ってたよ」

と重ねてきたそうです。


彼に叱られて涙を堪えていた娘は、
一気に理解しました。


元姑は封筒に入れて準備していたそうですが、
叔父(元夫の弟)からは、
現金をそのままいただいたそうです。

その際に、
初めて会ったからどんな人かもわからない、
すぐに財布にしまってもいいのかな、と
しばらく悩んだそうなのです。


それも、たった1分にも満たない時間。


たった一人の孫に会えないのは可哀そうだと、
優しさで会いに行った娘。


15年ぶりに会った私への印象はそこ?


更に畳みかける元夫。

「どうして今頃、
 会いに来たんだろうねって言ってたよ」


娘はここで、
元夫ばかりか彼の実家とも
決別の意思を固めたそうです。


ぽつりぽつりと話す娘は、
とても悔しそうに、そしてはっきりと、

「私は娘なのに、その話の時には、
 お母さんを見るような目で私を見ていた」

とぽろりと涙をこぼしました。


私は娘に、
ずいぶん我慢をさせていたようです。

そんな風に感じていたんだね。


元姑の言い方は想像がつきます。

結婚して1年目、帰省中に私がスマホの着信を確認するためにバッグを持って立ち上がることを良しとしていなかったようで、元夫に、
「あの嫁は、通帳と印鑑をすべてあのバッグに入れて、始終持ち歩いているの?」
と確かめたそうなのです。
今回と同じように聞かされました…


どうして今頃。

この言葉を言わんとした意味が、
容易に想像できました。


私が行かせたと思っているんだな。

娘がお金を見ている姿を見て、

「自分たちが育てていたら違った」

そんな話を帰った後にしていたのかもしれない。

そんな想像が頭をよぎりました。


目まぐるしく思考する私に合わせるように、
娘もぽつりと言いました。


「自分から会いに行ったのに、
 お母さんに言われたから行ったと思われて、
 会わなければよかった。
 もう学費なんてもらう気持ちはない」

「お母さん、よくあんな人(元夫)と、
 20年近くも一緒にいたね。

 私なら秘密も何もかも暴露して、
 お祖母ちゃんまで巻き込むわ」


私は離婚しているので、
彼らにどう思われようと、
何と言われようと、構わない。


それでも、たった一人の孫を、
私というフィルターを通してしか
見ようとしない彼らに、
情けをかけた自分を呪いました。

(少し過激な表現ですみません)


私に生きる意味をもたらしてくれる
大事な娘の心を傷つけられて、
強い怒りと憎しみを感じた私は、
その日から10日間ほど、
うつ病初期のぐうたら生活に戻り、
自分を立て直しました。

※その頃の様子はこちらの記事です👇


二人で傷ついた
悪夢の面会日から20日程経過。


今、私たちは新しい目標を掲げ、
少しずつ前進しています。


娘は俄然、受験勉強に集中し、
私は2か所の企業に応募書類を送り、
合間でアルバイトを始めようと、
オンライン面接待ちです。


苦しいと思えた状況であっても、
現在の私たちは、
傷をなめ合う親子ではなく、
それぞれが一番幸せを感じる方向に
踏み出せる親子へと成長していました。


ゆる~く生きる。


この言葉のおかげで、
私は自分を再構築する渦中にいます🍀





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