【短編小説】ichirin | shortstory_#2 | 『ガーベラを飾る夜に』

「癒やしは、物語になる」
毎日、仕事や家族
大切な誰かのために頑張り続ける女性たち
気がつけば
自分の心や身体の声を後回しにしてしまう
そんな日々の中で
本当に必要なのは
ただ身体をほぐす時間だけではなく
「心までほどける時間」ではないでしょうか
川越に佇む
リラクゼーションサロン【一凛】
夜明け前の
静寂を映したような
深いインディゴブルーと
モダンの落ち着いた空間
一歩足を踏み入れた瞬間から
忙しい日々を忘れ本来の自分へと還っていく
ご提案するのは
**「リラクゼーションサロン × 花言葉」**
という新しいブランドストーリーです
花には、それぞれ想いが込められています
「希望」
「再生」
「優しさ」
「感謝」
「幸福」
目には見えない感情を
そっと伝えてくれる存在です
その花言葉をテーマに【一凛】という
癒やしの空間を舞台とした
5つの短編小説を制作しました
主人公は特別な誰かではありません
仕事に追われる女性
家族を支え続ける母
人生の節目に立つ人
誰かを想い
自分を見失いそうになった女性たち
きっと
どこかに
「私かもしれない」
と感じられる物語です
物語を読むことでサロンの世界観に触れ
そして実際に【一凛】を訪れたとき
その癒やしが"物語の続き"として心に残る
「物語で心を癒やし、空間で身体を癒やす」
どうぞ
一凛の花が
静かに咲くような
優しく穏やかな
ー5つの物語ー
をお楽しみくださいませ
【短編小説】#2『ガーベラを飾る夜に』
1. 太陽の仮面
駅へ向かう途中にある花屋の店先
そこに並ぶ
パッと大輪の太陽を開いたような
ピンクのガーベラ
気取らない愛らしさと
凛とした力強さ
ただそこにあるだけで
「ねえ、今日もがんばろうよ」
と語りかけてくるような気がしてならない
あの花に
見守られていると思うだけで
退屈な通勤路が少しだけ
特別に見えてくる
千佳にとって
それは目指すべき
自分自身の姿そのものでもあった
三十六歳になった千佳は
小さなデザイン企画会社を経営している
二人の子ども――
やんちゃ盛りの小学二年生の息子
保育園に通う4歳の娘
を育てる母親としての顔も持つ
彼女の毎日は
秒単位のタスクで埋め尽くされていた
朝はお弁当作りと
子どもの送り出しから始まり
会社に着けば経営者
としてスタッフを鼓舞し
クライアントへ笑顔でプレゼンを行う
夕方に保育園へ滑り込み
夕食を食べさせ
お風呂に入れ
子どもたちが眠るまで
心穏やかにはなれない
「千佳さんって
いつもパワフルで前向きですよね」
「どうして仕事も育児も
そんなに完璧にこなせるんですか?」
周囲は口々にそう賞賛した
千佳もまた
その期待を
裏切らないように
という仮面を
知らず知らず
のうちに深く被り直していた
私が倒れたら
会社も
家族も
回らなくなる
だから弱音なんて吐いていられない
そんな千佳の
「いつも前向きな太陽」
のような心に
小さな影が落ちたのは
初夏の終わりのことだった
健康診断の通知書に並んだ
「要経過観察」
の文字
大病というわけではない
けれど
数値の横に添えられた注意書きは
千佳の胸の奥に冷たい風を吹き込ませた
(もし
私が本当に動けなくなったら
この子たちはどうなるんだろう
会社は……?)
一度芽生えた不安は
深夜の静寂の中で
しんしんと膨んでいく
迫り来る未来への目に見えない恐怖
それでも朝が来れば
千佳はまたいつもの
「元気な私」
を演じなければならなかった
スマートフォンの画面を
見つめる目も
いつしか乾ききっていた
そんなある土曜日の夕暮れ
子どもたちを実家に
預けたわずかな隙間時間に
千佳は吸い寄せられるように
街の静かな一角にある
プライベートサロンの扉を叩いた
今の自分には
ただ前を向くための
「燃料」 が必要だ
そう思っての選択だった

2. インディゴブルーの静寂
建物の扉を開けた瞬間
千佳の
五感は
じんわりと
満たされていくような
心地よい感覚に包まれた
そこは
都会の
慌ただしさを
一瞬で忘れさせる
静かな庵(いおり)のようだった
伝統的な藍の深みと
現代的な洗練が心地よく
調和する「和モダン」の世界観
温かみのある木の質感と
随所に配された深い藍色が
美しいコントラストを描いている
出迎えてくれたセラピストの
すべてを
そっと包み込んでくれるような
優しい笑顔に導かれ
完全個室のプライベート空間
へと足を踏み入れる
「ようこそ、お越しくださいました」
部屋の明かりは
心地よいトーンに落とされていた
その空間を満たしていたのは
深いインディゴブルーの色彩だった
それは
夜が明ける直前の一瞬にだけ現れる
世界で最も静かな空の色
日々の喧騒で高ぶった心身を
心地よい
「ゼロ」の静寂へ
リセットし
本来の健やかさを
呼び覚ます特別な色だという

古来
日本では
「お守りの色」
として
大切にされ
傷を癒やし
身を守る力がある
と信じられてきた
その深い藍色が
部屋全体を優しく守るように包み込んでいた
千佳は
温かいお茶を
口にしながら
カウンセリングシートを記入していく
慢性的な肩こり、頭痛、冷え性
そして
どうしても書けずに指が止まった
「未来への漠然とした不安」
セラピストは
千佳が言葉に詰まる様子を急かすことなく
ただ隣で優しく寄り添うように待ってくれた
「今日は、日頃のがんばりを
全部ここに置いていってくださいね
このインディゴブルーの空間が
千佳さんのお守りになりますから」
その言葉に
促されるようにして施術が始まった
まずは
心地よい温かさの足湯
冷えきっていた足先が
じんわりと温まるにつれ
頭の芯で張り詰めていた
神経が少しずつ緩んでいく
ベッドに移り
うつ伏せになると
サロンはさらなる深い静寂に包まれた
外の喧騒も
スタッフを引っ張る
経営者の重圧も
母親としての責任も
すべて
その美しい藍の暗がりの中に
優しく溶けていくようだった
3. 優しい暗がりと、初めての弱音
「お身体の状態に合わせて
ていねいに流していきますね」
セラピストの手が
千佳の背中に触れた瞬間
千佳は思わず小さく息を漏らした
オイルが肌に滑り
まずは足裏からふくらはぎへと
深い圧でゆっくりと流されていく
それはまるで
砂時計の砂が落ちるように
身体の中に溜まった重だるさを足先から
引き抜いていくかのような感覚だった
そして
施術は
千佳の
いちばん強張っている背中と肩まわりへ
ホットストーンの
心地よい熱が
背中に置かれると
遠赤外線の温かさが
身体の深部までじわじわと染み渡っていく
四六時中
スマホやPCを見つめ
子育てで神経を
すり減らしていた千佳の筋肉は
まるで防衛壁のように硬くなっていた
熟練の指先が
その強張りを丁寧に
根気強く解きほぐしていく
「吸って……吐いて……」
セラピストの
優しい声に合わせて
呼吸を重ねるたび
千佳の胸の奥に
閉じ込められていた何かが
ゆっくりと揺らぎ始めた
「仰向けに
なっていただけますか
次はヘッドスパで
脳の疲れを癒していきましょう」
仰向けになり
デコルテから
首すじにかけての
リンパが優しく流されていく
そして
サロンの代名詞でもある
オールハンドの
ドライヘッドスパが始まると
千佳の理性は
完全にまどろみの境界線へと連れ去られた
おでこから
耳の後ろ
頭頂部へと
的確にツボを捉える指先
固まっていた頭皮が
緩んでいくにつれ
頭の中に渦巻いていた
「明日のスケジュール」
「健康診断の不安」
という霧が
不思議なほど凪いでいく
ただ身体を
ほぐすだけでなく
毎日
がんばる人の心まで
優しく包み込み
明日への活力を
提供してくれる癒しの空間
無理に
起きている必要も
誰かのために
笑顔を作る必要もない
完璧じゃなくていい空間
その絶対的な
安心感に包まれたとき
千佳の目尻から
一筋の涙が静かにこぼれ落ちた
「……つらかったですね」
セラピストの手が
千佳の頭を
優しく包み込みながらそっと囁いた
その声は
千佳がずっと思い描いていた
すべてを
許してくれる温もりそのもののようだった
「私……」
千佳の口から
自分でも驚くほどか細い声が出た
「怖かったんです
いつも前向きでいなきゃ…
私が
笑っていなきゃってみんなに言われて
でも、健康診断の結果が悪くて
もし私に何かあったらって思ったら
急に未来が真っ暗になってしまって
誰にも言えなくて、ずっと怖かったんです」
ずっと胸の奥に
鍵をかけて閉じ込めていた弱音が
お守りの色である藍の暗がりの中で
堰を切ったように溢れ出した
声を出して泣く千佳の肩を
セラピストは何も言わず
ただ温かいタオル越しに
優しくさすり続けてくれた
「泣いていいんですよ
ここでは
がんばる千佳さんじゃなくて
ただの女の子に戻っていいんですから」
その言葉にどれほど救われただろう
涙と一緒に
千佳の心を縛り付けていた
「常に前向きでいなければならない」
という呪縛が
さらさらと流れ去っていった

4. 本当の「前進」
施術を終え
アフタールームへ戻ると
内側から潤った自分の肌と
驚くほど軽くなった頭に
千佳は深く息を吐き出した
鏡に映る
自分の瞳は
ここ数ヶ月で
一番輝いて見えた
自分の中に眠っていた
「凛とした美しさ」
そっと
開花したかのような
そんな極上のひととき
温かい
ルイボスティーを飲みながら
千佳は
ふと部屋のテーブルに目をやった
そこには
ガラスの小瓶に挿された
一輪の
ピンクのガーベラが佇んでいた
和モダンの空間に
その鮮やかな色彩が
優しく映えている
「ガーベラですね」
千佳は
少し照れくさそうに笑った
「私
この花が大好きなんです
いつも前向きにさせてくれるから
でも今日は、なんだか違う風に見えます」
セラピストは
微笑みながら、その花を見つめた
「ガーベラの花言葉は
『前進』や『常に前向き』です
でもね
前向きに生きるっていうのは
決して
『後ろを振り向かないこと』や
『弱音を吐かないこと』ではないと思うんです」
「え……?」
「夜が明ける直前の
インディゴブルーのように
一番深い静寂を
知っているからこそ
新しい朝の光の温かさがわかる
自分の弱さや不安を
ちゃんと認めて
一度『ゼロ』に戻る
それから
『さあ、どうしようか』って
一歩を踏み出すことこそが
本当の『前進』ではないでしょうか
千佳さんは
今日、ご自身の不安と
ちゃんと向き合われました
それはもう、素敵な前進の一歩ですよ」
ー
本当の、前進
ー
千佳は
ルイボスティーのカップを
愛おしそうに眺めた
健康診断の結果は変わらない
未来への課題もそこにある
けれど
今の千佳の心は
不思議と澄み切っていた
(そうだ
自分を大切にする
ことから始めよう
それが子どもたちを守ること
にも繋がるんだから)
不安を
消し去るのではなく
不安を
抱えたままでも
しなやかに歩いていけばいい
この空間で
自分の「音」を
正しく調律してもらった
千佳には
恐れるものはなかった

5. 明日をいきいきと生きるために
サロンを後にし
川越の街へと歩き出す
胸いっぱいに
清涼な空気を吸い込む
「心地いい」
心からそう思える自分がいた
帰宅し
実家から戻ってきた
子どもたちを抱きしめる
いつもなら
「早く片付けなさい!」
と角を立てていたかもしれない場面でも
自然と優しい笑顔になれた
「ママ、なんか今日優しくてかわいい」
小学二年生の息子が首を傾げる
「今日はお肌がツヤツヤする魔法にかかってきたの」
千佳は
娘の頬に自分の頬を寄せながら
悪戯っぽく笑った
翌日
千佳は
リビングの
いちばん目立つ場所に
買ってきた
一輪のピンクのガーベラを飾った
朝の光を浴びて
パッと開くその花は
やっぱり力強くて美しい
けれど
今の千佳には
その花が
「無理に突っ張っている」
のではなく
深く根を張り
自分のペースで
太陽を見つめているように見えた
今日をリセットし
明日をいきいきと生きるために
固まった心と身体を緩め
夜は穏やかな眠りにつく
私には
いつでもあの優しい藍色の空間がある
そう思えるだけで
未来へのステップは
驚くほど軽くなる
千佳は
飾られたガーベラに
優しく微笑みかけ
優しさに満ちた
新しい風の中へと
本当の意味で前を向いて
一歩を踏み出した
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