25:1977年は宅録元年? Teac のオーディオフェアデモ!
写真を元に AI で生成した当時のイメージ動画
テープの動きが変っだったりするけど、とりあえず雰囲気で…
Roland <> Otari 幻の製品でも書いたように1977年は自宅録音が一般に広まり出す最初の年という事ができる。
それまでにも大滝詠一さん、細野晴臣さんやギタシンの回で書いた成毛さんのように自宅スタジオを作っていた人もいたが、レコーダーとミキサーだけで1000万円単位というのがネックだった。
Teac がパーソナルレコーディング市場に大々的に乗り出す:
そういった流れの中、先行して多重録音できるレコーダー A-3340S で世界的に評価されていた Teac が本格的に宅録市場に参入してきた。
このシリーズは「TASCAM」というブランドネームで発売されたが、これは「Teac Audio System Company of AMerica」の略で、会社情報では1971年にスタートしたとの事だが、A-3340S は TASCAM ブランドではなく、主に1976年の8トラックレコーダー「80-8」あたりから浸透しはじめた名称のように思う。
アメリカの Teac の会社という名称の割には、当時の広報や実際のデモンストレーションも日本で行われ、海外からのエンジニアとかデモンストレーターが来て何かやったという話は全然聞かなかったのは、ちょっと謎…
で、価格帯は安いと言っても1977年の時点で、レコーダー+ミキサーで40~50万円くらいから、8トラックのセットになると120~130万円くらいはかかった…
しかしその後数年で4トラックのレコーダー「22‐4」が16万9千円という破格の値段で登場し、Mid クラスのミキサー「M-3」と組み合わせても値引きしてもらえれば両方で35万円前後、ミキサーをケチれば20万くらい、Roland の System-100 と上手く組み合わせれば、全部で50万円前後で一式揃えられるようになっていった。

それでもアマチュアにとっては高額なわけで「オレは凄い額の機材を買ったぞ!」と勢いのついた20歳前後のマニアは、名刺に「レコーディングスタジオとかプロデューサー」なんて肩書を入れて配ったりして悦に入っていた。
で、これら機材の第一弾お披露目として1977年9月23~30日に晴海の見本市会場で行われたオーディオフェアが選ばれわけだ。
オーディオフェアは現在では「OTOTEN」という名前で運営されているが、ちょっと前まで「音展」という表記で、1970年代に電子音楽・現代音楽を扱う同名の謎イベントも「音展」を名乗っており(ただし発音は ONTEN)、年寄りは混乱する。
当時のオーディオフェアの規模は今では考えられないような大きなもので、連日何万人もの人が訪れ、関連メーカーの新製品披露の絶好の場所になっていた。
その頃の Teac 広報資料など:
1977年のオーディオフェアでのパンフなど…



この下に M-1 というラック仕様のミキサーがあり、サブミックス用に重宝がられた


この上にプロ向けの M-15 があった


その後、スリムな上位機種 85-16 が発売されるが、
90-16 の方がメカっぽくて萌えると思います
人で溢れる Teac のブース:
Teac の宅録コーナーのキャッチコピーはズバリ「あなたにもできるマイホームスタジオ」、ブース内の特設ステージには「聴くだけじゃダメ」と書かれたパネルがあり、さらに防音壁で仕切られた音出しスペースも設けらていた。
写真でも分かるようにブース内は人で溢れ、中に入れない人は他社のブースをウロウロして、さらに欲しい機材が増えるというマニアにとっては地獄の悪循環となっていたのだった。


機材は一番左に8トラックの 80-8、その右側がミキサーの M-5 とその拡張ユニット
右に鎮座ましますが、16トラックレコーダーの 90-16
その上にチョコっと乗ってるのが M−1

奥の写真パネルは成毛滋さんのパーソナルスタジオ


この弥冨さんは Roland の則安部長や檀係長と共に、
日本の多重録音市場を切り開いた重要人物!
「聴くだけじゃダメ」コーナーのステージ:
この「聴くだけじゃダメ」のステージは以下のような模様。

このステージには、40-4、80-8、M-5 等の Teac 機材に紛れて Roland の System-100 が置かれ、アキバの Laox の記事で書いた時と同じメンバーでのシンセデモ(例によってハイドンのセレナーデ)の他に、私が自分のバンドで多重録音した時の実演や、Teac 周辺人脈のバンドによるレクチャーなんかが行われた。


M-5 の上に3つ並んでいるのは、3台のテレコを操作するリモコン
コンピューターの無いころは、全部並べて操作するしかなかった
バンドの録音は元町の楽器屋の音楽室で:
この時やった私のバンドの多重録音の素材は、第一回の記事に書いた友人の元町の楽器店の音楽室で行った(なぜか同学年に楽器関連会社の社長の息子が2人いた)。
この楽器店、元町の大塚ピアノってとこだったんだけど、店舗込みの住居は広く、楽器店の息子本人がいないのにバンド仲間が勝手に泊まりに行くなんていう傍若無人な事をやっていた。
音楽室は20畳くらいの広さがあり、リズム隊のセッティングをしてマイクを立て、ケーブルを引っ張りまわして隣にある友人の部屋にミキサーやレコーダーを置いて録音をした(友人はどこで寝てたんだ?)。
この時のレコーディングシーンの写真は、Teac 関連の雑誌記事等でも利用された。

ビル全部が友人の家なので、大音量だしても全然 OK!
右奥の窓の外に見える看板の下が有名な元町商店街


さらに2トラレコーダーやヤマハのミキサー、エコーチェンバーが並ぶ
この時は、バンドでやってた四人囃子の「一触即発」とか、スピードを変えて録音するサンプルとして「帰って来たヨッパライ」とか、コーラスの多重録音サンプルとして「翼をください」とかを作った。
ちなみにセッションの参加者には、後にオメガトライブ>クレイジーケンバンド等のドラムで有名になった廣石君もパーカッションで参加していた。

画面後方が、みなとみらいなんだが、昔は高層ビルがなく空が広い!
入り浸っていた大塚ピアノは元町ユニオンの隣にあり、B'z の稲葉さんがアルバイトをしていたので有名な舶来屋というサンドイッチ屋さんの一区画手前だった。
当時の舶来屋は周辺バンドの溜まり場になっていて、我がバンドメンバーも大塚ピアノにいない時は舶来屋を探すといる、という居間状態だった。
なので私も絶対に稲葉さんに作ってもらったローストビーフサンドとかサーモンサンド(あとトマトスープ)を食べてたと思うんですよね。
同じフェア内で Roland は MC-8 のお披露目をしていた:
MC-8 の回でも書いたように、Roland はこのオーディオフェアで、MC-8 の一般へのお披露目をしていたが、記事にも書いたように、見に来た人はほとんど何をやってるのか理解できていなかった。


また、Teac 以外のブースでもバンドの音を生録音しよう!というイベントはめじろ押しで、ブースで仕切られた防音スペースでバンドの演奏を録音して、その結果を聞くみたいな「この会社、本当は Teac みたいな事やりたかったんだろうな…」と思われるメーカーが沢山あり、まさに Teac のキャッチコピー「聴くだけじゃダメ」を予感させるイベントとなっていた。
