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別に成功してない。でも、やめてもいない

はぁ・・・と、ため息が出る午後。

「ため息はつきましょう。ただし、ポジティブな方ね。
息を大きく吐く。はぁ・・・ってね」
パソコンの画面が、そんな言葉を映し出している。

いやいや、私が日に何度となくつくため息は違うんだな。
ネガティブそのものだ。
「あ~あ、まったく」
「なんだよ」
「やだなー」
そんな気持ちが、しっかり含まれている。

「ため息をつくと幸せが逃げていきますよ」
いいんだよ。
もう大して幸せも残っちゃいないんだから、逃げたっていいさ。

こんな時は、悪いことしか浮かばない。
気がつくと、もう70歳目前だ。
そのほとんどを、なんとなく暮らしてきてしまった。

子育てはしたよ。
一生懸命、子どもたちのために朝食を作り、弁当を作り、
夕飯もバランスを考えた。
義両親とも、どうにかうまくやってきた。

その間に、洋裁も細々と続けてきた。
いつかこれが役に立つ日が来ると、思っていたのか。
いや、それさえ今は思い出せない。
たぶん、もうこれしかやれなかったんだと思う。
ひとりで地道に、ポツポツやる。
そういう生き方が、性に合っていたのかもしれない。

子どもが少し成長した頃、どこかへ働きに出ようと思ったことがある。
バリバリやれるつもりだった。
でも結局、自分の考えを曲げたくないし、
だからといって、人と衝突してまで押し通したいわけでもない。
まわりとはうまくやっていきたい。
けれど、自分の思いとの乖離に耐えきれず、
私はまた、ひとり洋裁へ戻っていった。

そんな時は、大きな大きなため息をつく。
はぁ・・・。

私って、どうしてこうなんだろう。
まわりに合わせることができない。
合わせすぎると苦しくなって、逃げたくなる。

反省はする。
けれど、「これでいいや」と思う自分もいる。

「まわりを変えようとしても難しい。自分を変えましょう」
いや、自分を変えるのが一番難しくない?
もうここまで来たら、無理だよね。

別に報われてはいない。
うまくいってもいない。
そして、もう若くもない。
すでに燃え尽きかけている。

でも、やめてもいない。

今日も私は工房でミシンを踏む。
このミシンの音だけが、
私を静かに再生させてくれるのだ。


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鶴田久美子 ひとつひとつ、思いを込めて書いています。 気持ちが伝わっていたらうれしいです。 よかったら、応援という形で受け取らせてください。