「パパ、死なない?」息子の涙に蘇る、母と過ごした最期の夜
今でも、忘れられない光景がある。
物心ついたばかりのころ、受話器を置いた母が、慌ただしく黒い服に着替えていた。私に背を向けていたが、肩越しに嗚咽をこらえているのがわかった。生まれて初めて、母が泣いている姿を見た。
母方の祖母が亡くなったのだ。そのとき初めて、「ママにもママがいるのだ」と知った。親という役割の前に、一人の人間としての姿を見た。それは、私の知らない母の一面だった。
そのころ、父は仕事で仙台に単身赴任していたため、母と私と弟の三人で暮らす時間が長かった。久しぶりに帰宅した父に「このおじさん誰?」と問いかけたこともあった。思い出すたび、胸の奥が少し痛む。
私と弟は、いつも穏やかな母に甘えて、わがままばかりを言う子どもだった。幼稚園バスの前で行きたくないとぐずっては、いつも母を困らせた。母はいつも「母」だった。
祖母の葬儀が終わると、母はまたよく笑うようになった。あの日以降、私の前では、もう涙を見せることはなかった。
一方で、その頃から私は、夜になると不安で眠れないことが多くなった。明かりを消した部屋で目を閉じると、髪は白く、顔はしわだらけになった母が、弱々しく歩く姿が浮かんだ。
祖母の死をきっかけに、人はいずれ老い、死ぬことを知った。親もまた、例外ではない。愛する存在は、必ず失われる。父も母もこの世を去れば、自分ひとりだけが遺されるのか。これから待ち受ける暗い未来を想像して心が押しつぶされそうだった。
私の手元に、漫画家の杉浦日向子が書いた「かなしみの変容」という短いエッセイがある。杉浦もまた幼い頃、死ぬのがこわいと寝床で涙を流したという。そして、こう考えた。
こどもというのは、いのちが濃い時期だから、死に対する恐怖が、ことのほか強いのだ。
やがて私は大人になり、仕事に追われる中で、親のことを深く考える余裕もなくなっていった。結婚して子どもも生まれた。「いのちが濃い時期」は遠い過去のものとなった。
こうした中、三年前、母が七十二歳で亡くなった。病気が見つかった時にはすでに末期だった。病室で母は、「もうダメなんでしょ」と静かに言った。私は何も言葉を返せなかった。そこには、病のせいで年齢以上に老け込み、幼いころ私が最も恐れていた、あの弱々しい母の姿があった。
「家に帰りたい」。本人の意志を尊重し、自宅で最期を迎えることに決めた。家族で過ごした日当たりの良いリビングの窓際にベッドを置いた。病院からの移動の日、母は吐き気をこらえ、黙って揺れる車に耐えていた。
その晩、私は母の隣に寄り添い続けた。母は何も言わず、天井を見つめ、時折目を閉じた。隣にいるはずの母は、手の届かない場所へ、遠く離れていくような気がした。暗闇に時計の針の音だけが、規則正しく響いていた。
翌日の午後、母は家族に見守られながら息を引き取った。私は最期まで母の手を握り、声をかけ続けた。赤ん坊の頃から幾度となく触れてきたはずの、痩せた小さな手。この温もりを忘れまいと思った。
妻は私の背後で涙を流し、幼い息子は、少し離れたところで、何も知らないまま遊んでいた。あれほど恐れていた母の死に、涙は出なかった。いや、出せなかった。取り乱した父の代わりに葬儀の準備を取り仕切った。
母を見送り、私はもう中年と呼ばれる年齢になった。家族という守るものができたこともあり、仕事への向き合い方は変わった。世の中に認められたい、何者かになりたいという思いは薄れ、逆に人生に残された時間を強く意識するようになった。
死は、祖母から母へ、そして自分へと確実に近づいてくる。父親になったことで、子どもに命を繋いだ感覚もある。以前ほど、死が怖くはなくなった。息子はまもなく五歳になる。誰に似たのか、内向的で甘えん坊で、ママが大好きだ。パパを笑わせるために裸で踊るひょうきんな一面もある。
そんな息子が、ある夜、布団の中で突然泣き出した。
「パパとママ、死なない? ぼくが大きくなっても、死なない?」
その言葉を聞いた瞬間、胸を抉られた。自分が幼い頃に抱いていた、親を失う恐怖が蘇った。
そして今、自分が誰かにとって、かけがえのない存在になっているという事実に気付かされた。思わず、息子を強く抱きしめた。
母が嗚咽を殺して身体を震わせた夜、幼い私が親の死を恐れた夜、死にゆく母と過ごした最期の夜、そして、息子が私たちの死を怖がって泣いている夜…。
暗闇の中で、それらの夜が重なり、溶け合った。
死の影が人間の心を支配する夜は、きっと世界中にありふれている。私は、気が遠くなるほど続いてきた命の連なりのことを思った。悲しい夜を越えて、命は繋がれてきたのかもしれない。
母は親を失い、強くなったのだろう。私もまた、母を失い、少しだけ強くなっただろうか。息子もまた、親の死を乗り越えていくだろう。
人は、悲しみを抱えて生きていく。しかし、その悲しみは、時間とともに形を変え、誰かを深く愛おしく思わせてくれるようになる。「かなしみの変容」を書いた杉浦もまた、こう表現している。
かなしみを、受け容れてこそ、他者への慈しみの心を養う。
母との別れを経験し、息子の不安と向き合う今、その言葉の意味を実感する。
「大丈夫。パパとママは、そう簡単には死なないよ」。
泣き疲れて眠る息子の寝顔を見ながら、また同じ夜を迎えるその日まで、もう少し生きなければと思った。
引用、参考文献
『精選日本随筆選集 孤独』(宮崎智之編、ちくま文庫)
『杉浦日向子ベスト・エッセイ』(杉浦日向子、ちくま文庫)
