撮ることが難しい被写体
ドキュメンタリー時評 第8回(2026年8月3日)
NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」是枝裕和さんの回
例えば誰かが私に企画を持ち込んで、「この人を撮ってみませんか?」と言われたとしたら。
そうしたケースはこれまでに何度もありますが、仕事を受ける基準は「その人に興味があるか、ないか」に尽きます。ところが「興味はあるが、撮ることには二の足を踏む」という人がいます。7月31日にNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」で、映画監督の是枝裕和さんに密着した回が放送されると知ったとき、「おお、ディレクターはよほど自信があるのか、それとも怖いもの知らずか」と思いました。
そう、是枝さんは私の感覚では「撮ることが極めて難しい人」なんです。なぜなら、是枝さんはテレビドキュメンタリー出身。それも、若くして数々の名作を作った一流のドキュメンタリストです。ということは、ディレクターの手口は知り尽くしているわけで、被写体になった場合、やろうと思えば番組を自分の意図する方向に誘導することもできてしまうでしょう。私がこれまでに似た緊張感を味わったのは、2007年に「情熱大陸」で取材した秋元康さんです。私は何とか秋元さんが想像しているであろう番組にはしないよう、策を練りました。ただし、秋元さんはテレビを知り尽くしているとはいえ、ドキュメンタリーの作り手ではありません。だから是枝さんにカメラを向けるよりは、まだましです。まし、と言っては大変失礼なのですが。
「プロフェッショナル」のフォーマット
さて、そんな思いを抱いていたので、番組が始まると自分が作ったわけでもないのに胸がドキドキしました。そのドキドキの中には、「是枝さんにも“あの質問”をするってことだよね?」という思いがありました。それは、番組のラストに被写体に必ず聞く「プロフェッショナルとは?」という質問です。実は私、この質問、というか「演出」が苦手です。テレビのレギュラー番組には「フォーマット」というものがあります。オープニングやエンディングのテーマ曲や、ナレーターの語り口もそうですね。フォーマットそれ自体が番組名になっているケースもあります。「ドキュメント72時間」なんかが、そうです。「この番組を見ると、いつも同じ読後感を得られる」というのは、番組が長寿化する秘訣でもあります。「水戸黄門の印籠」ですね。しかし現場のディレクターからすれば、こうしたフォーマットは窮屈です。もっとはっきり言えば、できればやりたくない。長い時間をかけて取材を積み重ねてきたわけですから、番組をどう終わらせるかは、取材の文脈次第で自分で決めたい、というのは当然の欲求だと思います。私が知る是枝さん(個人的なお付き合いもあります)ならば、同じ考えを抱いているはず。だとしたら、是枝さんは“あの質問”にどう答えるのか。これは見ものだ、と思いました。
知っていること、知らなかったこと
番組は公開中の映画『箱の中の羊』の制作の舞台裏を中心に、2年がかりで是枝さんを取材した記録でした。決して声を荒げることはない穏やかな振る舞い、スタッフの意見にしっかりと耳を傾け取り入れる様子、台本に囚われず撮影現場での気づきや発見を大切にする姿勢などが映し出されます。過去の人生の振り返りでは、就職した制作会社テレビマンユニオンで仕事になじめず出社拒否になって、ドキュメンタリーに活路を見出したエピソードが語られます。しかしこれらの多くは、私にとっては知っていること、もしくは想像の範囲内でした。あ、でもそれがダメだとは思いません。ほとんどの視聴者は知らない情報でしょうから、是枝さんをテレビ番組で紹介する際には、必要な要素だと思います。現在進行形の取材部分も、過去のエピソードパートも、45分の番組尺の使い方として適切にまとめられていたと思います。個人的にツボだったのは、カメラマンの山崎裕さんのインタビューでした。是枝さんは映画デビュー作の『幻の光』(1995)での自分自身への反省から、2作めの『ワンダフルライフ』(1998)で、ドキュメンタリーカメラマンの山崎さんに声を掛けます。そして同作で是枝さんは、山崎さんの撮影によって殻を破る演出を発見します。このあたりの経緯も是枝さんの著書「映画を撮りながら考えたこと」(2016年刊/ミシマ社)を繰り返し読んで知ってはいたのですが、当事者の口から語られると、また味わい深い思いがしました。ちなみに是枝さんの映画の中で私が最も好きな作品を選べと言われたら、この『ワンダフルライフ』と『誰も知らない』(2004)のどちらかで迷うところです。未見の方には、おススメです。
もう一点、長く交流がある西川美和監督の証言が実に興味深かったです。「(是枝さんは)ギャンブル気質なんですよ。非常に怖いです。あの性格が。ちょっとしかチャンスがなくてもいける、負けても負けても取り戻すんだっていう。で、失ったお金のことは忘れていくっていう。人の苦労も(笑い)」という言葉。これは私にはなかった視点で、ほほーっ、と唸りました。
「インタビューを信用しないほうがいい」
さて、この番組での是枝さんらしさ、もしくは取材したディレクターらしさはどこにあったのか? 序盤、ディレクターと是枝さんの間でこんなやり取りがありました。
ディレクター「取材のしかたで、どうしようかなと気になっていて…」
是枝「インタビューを信用しないほうがいいですよ。所詮言葉ですから。本当のこと言わないですよ。取材対象の言葉で説明されて納得できることだったら撮る必要ないじゃないですか。ちょっと偉そうで申し訳ないですけど。せっかく撮ってるんだったら、言葉に置き換えられないものを撮ったほうがいいじゃないですか」
ここは、普通のドキュメンタリーではなかなかお目にかかれない場面でした。“ドキュメンタリーディレクター”是枝裕和が、自らの「ドキュメンタリー観」を披露した瞬間、と言っていいでしょう。きたきた、と私は思いました。こんなことを言われたら、ディレクターは縮み上がるよね。ちなみにこのやり取りを見て、冒頭に書いた「ディレクターは自信があるのか、怖いもの知らずなのか」に、私なりの答えが出ました。「どちらでもない」です。想像するに、「自信はないし、怖くもあるけど、是枝監督の現場を取材できる機会なんてそうはないから、必死に食らいついてみよう」みたいな感じだったのではないかと思います。違っていたらごめんなさい。
”あの質問”にどうか答えたのか
さあ、問題のラストです。“あの質問”に是枝さんは何と答えたか。
是枝「『プロフェッショナル』っていうタイトルつけた時にさ、自分ならだよ。絶対に取材対象に『プロフェッショナルとは何か?』だけは聞くまいと、最初に決める気がするんだよ」
ディレクター「それはだから、もうわかってないとおかしいと?」
是枝「番組見てきたらね。そこから見えてくるものがすべてじゃないですか」
よくぞ言ってくれました。見事な番組フォーマットの否定です。そうこなくっちゃ。いや、待てよ。取材を受けると決めた時から、是枝さんはこう答えると決めていたのではないか…。そう考えると、やっぱり番組全体が、「取材対象である是枝さんにコントロールされていた疑惑」が頭をもたげてきます。もちろん、真相はわかりません。だけどことほど左様に、ドキュメンタリーの作り手を取材する、というのはやっかいなのです。
