「全部自分のせい」と思ってしまう私が、敢えて「他責」で考えてみた話
行き詰まると、全部「自分のせいだ」と思ってしまうタイプです。
うまくいかないのは、自分の力不足だから。
もっとできたはずなのに、詰めが甘いから。
自分が至らないせいで、周りに迷惑をかけている。
だから、がんばって、なんとか乗り越えなくちゃ。
いつもそんなふうに、ひとりで抱え込んで苦しくなっていました。
「他責にしてはダメ」「自分に矢印を向けなきゃ」
そんな言葉をずっと自分に言い聞かせてきたけれど、本当にずっとそうじゃなきゃいけないんだろうか。
ときには、それを手放してもいいんじゃない?
これは、行き詰まるたびに自分を責めてしまっていた私が、少しだけ楽になれた考え方です。
ある社内プロジェクトの取りまとめ役として奮闘していたときでした。
全社的な課題の解決に向けた重要なプロジェクトで、各部門の事情や要望を考慮しながら結論をまとめることが求められていました。
でも、私にとってとにかく何もかもが手探り。
どんなふうにロードマップを描けばいいかわからない。
ミーティングを重ねても、結論の方向性が浮かばない。
答申の期日は着々と迫ってくる。
これまで壁にぶつかっても、どうにか「気合と根性で」突破できることが多かったのですが、このときは本当にどうにもならなかったんです。
取りまとめ役だから私がしっかりしなきゃいけないのに…
貴重な時間を割いてもらっているプロジェクトメンバーにも申し訳ない…
そんな気持ちでもがきながら、時間だけが過ぎていました。
そんな絶望的な状況から抜け出すきっかけになったのが、たまたま参加した座談会で大先輩からかけてもらった言葉でした。
すっかり意気消沈していた私が、
「最近、なんだかうまくいかなくて。全然ダメだなぁって感じで…」
と泣きごとを言ったのを聞いて、こんなふうに言ってくれたんです。
「そうやって、一人で全部抱えようとしなくて大丈夫。
誰かのせいにしちゃうことがあってもいいんじゃない?」
なにげない励ましの言葉だったと思います。
でもそのとき、視界がパッと切り替わるような感覚がありました。
「確かに、全部自分のせいって思うの、疲れたな。
思い切って全部誰かのせいにしてみたらどうかな?」
そんな、「いつもの私らしくない」発想が浮かびました。
やってみた① 100%他責でとらえてみる
まず、今の状況について、「自分は何も悪くないとしたら?」という前提で洗い出してみることにしました。
こんな感じです。
・そもそも求められている成果の水準がかなり高い。
・想定以上に、部門間の利害が一致していない。
・プロジェクトの取りまとめ役を担うのははじめてなのに、十分なフォロー体制がない。
・通常業務にプラスオンされた役割で、かけられる時間に限りがある。
・プロジェクトメンバーが、言われたことしかやってくれない。
・……
不満などの感情も含め、思い浮かぶままに書き出していくと、なんだかすっきりしてきました(笑)
それと同時に、「自分のがんばりだけではどうしようもないことも結構ある」ということに気づきはじめました。
やってみた② 100%自責で考えてみる
次に、「じゃあ、この状況が全部自分の責任だとしたら?」と考えてみました。
さっき書き出したことを前提にしたうえで、
その中で自分にできたこと、できそうなことは何か。
・プロジェクトの目的やゴールを、もっと具体的に言語化できたのでは?
・各部門とのすり合わせを、もう少し早い段階で丁寧にできたのでは?
・「どう進めるか」がわからなければ、プロジェクト経験が豊富な先輩などにアドバイスを求めるべきだったのでは?
・忙しさを理由にせず、周囲にもっと頼れたのでは?
・……
考えてみると、できたかもしれないことはいくつも出てきました。
不思議なことに、最初から「全部自分のせいだ」と思っていたときよりも、
ずっと冷静に、具体的に考えられている感覚がありました。
「他責」で状況をほどいてから「自責」で見直すと、
感情ではなく、事実ベースで整理できるようになる。
そのおかげで、「じゃあ次はどうする?」に目を向けられるようになった気がします。
それまでは、行き詰まるたびに「自分のせいだ」と抱え込んで、
ただただ苦しくなるだけでした。
でも今は、いったん立ち止まってこう考えてみるようになりました。
「もし全部、自分のせいじゃないとしたら?」
そしてそのあとで、
「じゃあ、その中で自分にできることは何だろう?」
この2つを行き来することで、
前よりもずっと冷静に、そして前向きに考えられるようになりました。
まだうまくできないときもあるけれど、
ひとりで全部を背負い込まなくてもいい、と思えるだけで
少しだけ前に進みやすくなったような気がしています。
▼今回触れたプロジェクトを通じた気づきについて、こちらの記事にも書いています。
