文系の私がAI基礎の資料を作るとき#12:言葉にしなかったこと
特に何かを学びたいと思ったわけでもなく、憧れだけで入学した大学は、1年生を学籍番号順にゼミに振り分ける大学でした。私が所属することになったのはイギリス文化のゼミ。イギリスのことも文化研究のことも知らなかった私にとっては、とても新鮮で楽しい場所になりました。
ゼミの学びの中で特に気に入ったのは、イギリスの食文化です。中でも「fool」と綴られるお菓子に魅了されました。これは、果物を煮たりつぶしたりしたものと、クリームやカスタードを合わせたイギリスの伝統的なデザートです。2年生以降もイギリス文化研究を続けた友人が、ずっと後になって私を自宅に招いて振る舞ってくれた桃のフールは、私が期待していた通りのイギリスらしいお菓子でした。
「AI基礎」第11回授業のテーマは「生成AIを使って、新商品提案のためのビジュアルを設計する」。Gemini を利用して、夏の商品のおいしさを視覚的に表現することを目的とした授業回です。学生たちと違って私は商品開発に関しては素人。簡単に作れそうなこのデザートを提案することにして、デモ用の資料準備をしました。
一方の学生たちは、事前学習として、かなり気合を入れて、綿密に商品の内容を詰め、企画書を作ってきます。
・商品名
・ターゲット
・食べる場面
・伝えたい魅力
・持って欲しい印象
画像を作る前から、私たちはたくさんのことを決めていることがわかります。私もがんばりました!
・清水白桃が爽やかなサマー・フール
・イギリスの伝統的なデザートを自宅で手軽に楽しむことができる
・デパートの地下に展開されているスイーツフロアで期間限定発売する贅沢で特別なスイーツ
・イギリスのデザートは親しみやすい
・・・と思ったら、ターゲットを指定するのを忘れていましたが、あいまいな指示を与えてしまった例ということにして、このまま Gemini に画像生成を依頼しました。
あっという間に素敵な画像ができました。私が指定し忘れたターゲットについても、大学生風の若い女性3人が商品を楽しんでいる様子が勝手に描き込まれています。
もちろん、ツッコミどころもたくさんありました。
商品が巨大で、どう見てもパッケージの方が小さい。カスタードクリームにしたかったのに、生クリームが使われている。清水白桃の特徴を出したいのに、出来上がりが黄色い。すでに食べ始めているのに、まだ3人分のおかわりがテーブルの上に置いてある。
ここで「Gemini、惜しい!」と言うのは簡単です。でも、私が学生に考えてもらいたいことは:
・人間はどれくらい多くのことを言葉にしないまま共有しているのか。
ということ。これを今日の問いとして置きました。人間どうしならクリアできていたはずの、商品とパッケージの大きさの釣り合い、特別な材料に求める出来上がりイメージ、食べることができる量、おかわりがあるならその保存方法などが、AIには共有されていなかったことに気づきます。
AIは、Google検索のように画像を検索して探してくるのではなく、人間の指示と、学習した大量の画像の特徴をもとに、新しい画像を1枚ずつ作ります。また、AIは、「イギリスの伝統的なデザート」という概念を人間のように理解しているわけではなく、学習した「イギリスらしさ」や「伝統的」と結び付く視覚的な特徴を組み合わせて画像を作ります。
AIは、人間どうしが当然共有している常識まで自由に補ってくれるわけではないので、必要なことは、できるだけ言葉で伝えなければなりません。学生には、プロンプト改善をしてあと2回、画像生成を試してもらいます。
だから、私自身もめげずに試してみました。自分の伝えたかった商品からどんどん離れていく面もあれば、私自身も気づいていなかった商品の魅力が加わっていくという面もあります。最終版となった画像にも、まだ違和感は残りました。
学生には、事後学習として、その違和感を解消するために、人間は何をする必要があるのかを考えてきてもらうことにしています。さらにプロンプトを改善したい学生もいるでしょうし、商品イメージをもっとはっきりさせたい学生もいるでしょう。でも、AIが生成した画像をヒントにして:
・自分で試作品を作る
・コーディネートする
・フードスタジオで撮影する
・できた写真をターゲット層に見てもらう
というような発想が出てきたら、それはとても嬉しいことです。お友達にモデルをお願いしたらもっと素敵な写真が撮れるでしょう。AIに任せることと人間が決めることの境目は学生によって異なると思いますが、最後の一手は学生が動いてくれることを期待しています。
さて、いつも学生には、AIに「それらしく」説明されても、そのまま信じないことも大切だと伝えています。でも、実は私自身にも、長い間信じていた「もっともらしい説明」がありました。
あの日、私にフールを作って振る舞ってくれた友人は、「〇〇でも作れるからフールっていうのよ」と教えてくれたのです。誰でも簡単にすぐ作れる、という意味です。それは事実。今回私がこのデザートを選んだのも、自分で作って、その写真を授業資料に加えられそうだと思ったからです。でも、この30年の間に、友人も私も、人生のどこかでそれぞれオクスフォード英語辞典を読み、このデザート fool の語源は確定していないことを知っています。
誰でも信じてしまいそうな「最もらしい説明」も、資料をあたればきちんと否定されていることがある。今回、そんなことまで学生と一緒に考えられたら、とても楽しい授業になりそうです。残念ながら、学生たちは大学でオクスフォード英語辞典を手にとることはできませんが、図書館には、寺澤芳雄氏編集主幹の『英語語源辞典』(研究者、1997年)というすばらしい資料が2部もあります!
来年度はAI基礎の授業のために、新装版『英語語源辞典〔新装版〕』(研究社、2024 年)も用意しておくことにしましょう。
第11回の授業計画については、以下の記事で紹介しています。よろしければご覧ください。
