鬼滅の刃 19話 ヒノカミ
放送から1日遅れましたが、昨日も素晴らしかった…!!
初めてヒノカミ神楽が登場する鬼滅の刃の中でも重要な回の一つであり、竈門兄妹にとっても大切な回。
エンディングの「竈門炭治郎のうた」に涙…!!
ということで、今回はほんのちょっとだけ深掘りして、個人的な解釈による考察モドキを書かせていただこうかなと思います。
己の怪我の程度もわからない奴は…
危機一髪のところを冨岡さんにサクッと助けられた伊之助。
あっという間にぐるぐる巻きにされて木に吊るされます。
そして、この台詞。
己の怪我の程度もわからない奴は戦いに関わるな
"正論"です。
正しい。
でも、以前も思ったんですが、この「己の怪我の程度もわからない奴は戦いに関わるな」ってやつ、みんな(鬼殺隊士)割と無視してない?己の怪我の程度に関わらず戦いに関わってない?
特に柱。
怪我をしてボロボロになりながらも、その場凌ぎの手当てをしてまた戦う。
挙げ句の果てには「痣」というリスクの高いバフで身体に大きな負担をかけて命と引き換えに戦ってますよね…?
で、今回思ったんですけど、結局ね、「己の怪我の程度もわからない奴は戦いに関わるな」の台詞、聞こえてないんですよ、伊之助。
冨岡さんの声が小さいから。
聞こえねぇよ!!
速ェんだよ歩くの!!
いや、「聞こえない」って言ってるだけで、本当は聞こえてたのかもしれないけど(笑)
だから、このシーンって、「己の怪我の程度もわからない奴は戦いに関わるな」というのは正論でも、みんな(鬼殺隊士)それを聞こえないフリして(無視して)どんなに酷い怪我をしても戦い続けているんだよ、
という事実を暗喩しているシーンなのかなぁ?と思ったりしました。
考えすぎー??
ま、単純に、冨岡さんはクールなキャラだから、声もそんなに大きくないんだよっていうことですよね(笑)
でも「生殺与奪の権を他人に握らせるな!!」の時みたいに、デカい声が出せない訳ではないけどね!?
水の呼吸 拾ノ型とヒノカミ神楽
累に禰󠄀豆子を捕らえられ、自分も追い詰められた炭治郎は、「水の呼吸 拾ノ型 生々流転」を繰り出します。
この生々流転は、
集中しろ 呼吸を整え
最も精度が高い最後の型を繰り出せ
と、炭治郎のモノローグでも語られているとおり、水の呼吸の"最後の"型でした。
が、みんな知ってる通り、水の呼吸には拾(10)の次に拾壱(11)の型があります。
水の呼吸 拾壱ノ型 凪
(冨岡が編み出した独自の型)
凪とは無風状態の海のことを指す。
自身の間合いに入った鬼の術をすべて凪ぎ、無効化する。
水柱だけが会得している技。
累くんとの戦いで、炭治郎は生々流転(水の呼吸 拾ノ型)でも太刀打ちできなかった訳ですが、もしかしたら冨岡さんも壱〜拾の型だけでは物足りない、もっと自分のポテンシャルを発揮できる型はないかと突き詰めた結果、凪(水の呼吸 拾壱ノ型)を生み出したのもしれないですね。
炭治郎も、会得した10の水の呼吸では十二鬼月に太刀打ちできなかった。
そして、累からの反撃に遭い、死の直前に見た走馬灯。
ヒノカミ様に捧げる神楽を舞う父の姿の記憶から、「ヒノカミ神楽 円舞」を繰り出しました。
ヒノカミ神楽 円舞
美しい弧を描く強烈な斬撃を放ち、鋼ほどの硬い糸をたやすく斬る。
10ある水の呼吸の型より一歩先へ進み、水柱・冨岡義勇が「拾壱(11)の型 凪」を生み出した一方で、炭治郎は自分のルーツを元にヒノカミ神楽へと発展させたんですよね。
では、なぜもともとの「水の呼吸」の型は10種類だったのか。
ここからは、ちょっと日本神話も交えた個人的な考察を語っていきたいと思います。
古事記の話(十拳剣)
「日輪刀(剣)」「10」と言えば、イメージするのはやはり「十挙剣(とつかのつるぎ)」
十挙剣(とつかのつるぎ)とは…
「10束(束は長さの単位で、拳1つ分の幅)の長さの剣」という意味の名前
最初に登場するのは神産みにおいてイザナギがカグツチを斬る場面である。
つまり、イザナギ(国生み、神生みの神)がカグツチを斬るために使われた剣なのですが、
"カグツチ"とは火の神(ヒノカミ)のこと。
カグツチとは、記紀神話における火の神。『古事記』では、「火之夜藝速男神(ほのやぎはやをのかみ)」「火之炫毘古神(ほのかがびこのかみ)」「火之迦具土神(ほのかぐつちのかみ)」と表記される。
神産みにおいてイザナギとイザナミとの間に生まれた神である。火の神であったために、出産時にイザナミの陰部に火傷ができ、これがもとでイザナミは死去。その後、怒ったイザナギに十拳剣「天之尾羽張(アメノオハバリ)」で首を落とされ殺された。
と、このような日本神話(古事記)があるのです。
ちなみに、鬼滅の刃1巻の大正コソコソ噂話に記載されていた「鬼滅の刃」のタイトル候補の中に、「鬼狩りカグツチ」「炭のカグツチ」というものがあります。
ヒノカミとカグツチ。
10ある水の呼吸を展開させてヒノカミ神楽を生み出す展開は、イザナギがカグツチを斬るエピソードをモチーフにしているのかも。
イザナギはカグツチを十拳剣で殺してしまいましたが、その結果、何神もの神様が生まれます。
この、斬られたカグツチから生まれた神様は、全国各地の神社に祀られています。
神社と言えば、神楽。
つまり、十拳剣で斬られたカグツチから神様が生まれ、神様に捧げる神楽が生まれ、その神楽からヒノカミ神楽が生まれた。
そう考えると、なんだか循環していますね。
ヒノカミ神楽の最終奥義である拾参ノ型は、拾弍までの型を円環状に連続して繰り出す技。
「人のためにすることは巡り巡って自分のためになる」という台詞もあるとおり、「巡り巡って」という言葉は鬼滅の刃の大きなテーマです。
ちなみに、鬼になった竈門禰󠄀豆子の技(血鬼術)は「爆血」。
血鬼術 爆血
自身の血を燃やし爆ぜる能力。
鬼本体と鬼が生み出したものを燃やすが人間には無害。
禰󠄀豆子の技も「火」を使う能力です。
竈門兄妹には、火の神(ヒノカミ)が力を与えている。
炭治郎は父が舞う神楽の記憶からヒノカミ神楽を生み出し、禰󠄀豆子は夢枕に立った母から呼びかけられて爆血を生み出した。
竈門兄妹にも、しっかりカグツチの神話が基になっていることを感じられる要素がありましたね。
そして、竈門兄妹からヒノカミ神楽と爆血を引き出した累くんにもまた、カグツチの神話と繋がる要素があるのですが、それはまた次回以降の放送の感想で書こうと思います。

