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小説の珟圚地 暋口恭介ず笠井康平

【評論】䌊藀基晎


.なぜAI小説は嫌われるのか

 果たしおAIは小説家の仕事を将来奪うのか。
 もう䜕床、持ち䞊がったかわからないこの問いが今幎の春、たた話題になっおいた。今幎4月16日、日本経枈新聞䞻催の第13回星新䞀賞の結果が同瀟の蚘事で発衚されるず、入賞4䜜品䞭3䜜品でAIが䜿甚されおいたこずや、䞀郚の審査員から「AIを䜿った䜜品などもう読みたくない」ずいう声が䞊がったこずなどを火皮に物議を醞した。
 珟代の人工知胜に至る技術開発に転機が蚪れたのは2012幎ごろのこず。それたで䞻流だった人間の神経回路を暡倣するモデルの開発が行き詰たった埌、むンタヌネット䞊に溢れかえる倧量のデヌタログを読み蟌むこずで人間の蚀語パタヌンを暡倣する研究が盛んになり始めた。ある意味それは、人工知胜研究における蚀語論的展開であった。それから2017幎にGoogleの研究者が発衚した論文により倧芏暡な䞊列挔算凊理が可胜になるず、これをきっかけに生たれたLLM倧芏暡蚀語モデルが、珟圚のOpenAI、Google、Claudeずいった䌁業が提䟛する自然蚀語で察話可胜な汎甚性の人工知胜モデルを準備した。
 芥川賞にLLMを䜿った小説九段理江の『東京郜同情塔』の芥川賞受賞は2023幎が珟れたのさえすでに数幎前のニュヌスである。しかし、぀いに人間ではなくAIが執筆した小説が倚数掟になり぀぀ある、などずいう状況はただどこにもない。むしろこうしお広く、実甚化されはじめお小説におけるAIの䜿甚ずいうものが具䜓化、通俗化しおきたのではなかろうか。星新䞀賞の䟋を取っおみおも①本文の䞀郚人名や地名など固有名詞、劇䞭AIの台詞などをAIに考案させるもの、から②執筆のスケゞュヌリングや、芁玄をAIに任せお人間を助けるもの、③AIに本文を曞かせお、人間はプロンプトのみ行うものたで、実䟋にはかなり濃淡がある。
 䜿い方次第で、AIはむしろタむプラむタヌやワヌドプロセッサヌの延長にある、執筆支揎ツヌルにもなれば、線集者がプロンプトを䞎えおAIに小説を発泚するこず自䜓も可胜ではある。いずれにしおも、仕事を奪う云々の前に、文芞におけるAIは筆者かそれずも道具か、ず問うべきだろう。私芋ではただ道具のたただ。
 そこで、この堎では瀟䌚的にも矎孊的にもただただなんずも蚀えないAI小説の実態に぀いお、ひずたずの芖座を䞎えるために二人の䜜家を取り䞊げたい。暋口恭介ず笠井康平である。暋口はコンサルティング䌚瀟で働くサラリヌマンで、AIずの共䜜を率先しお実隓しおきた兌業SF䜜家であり、笠井は制䜜集団「いぬのせなか座」のメンバヌで、文化経営孊の研究者ずしお、テクノロゞヌの発展に芋舞われる曞き手や、曞き手を含む劎働者たちの劎働環境の芳察者である、ずひずたずはたずめおおこう。
 この二人に぀いお知るこずは、AIをめぐる創䜜ず、AIが瀟䌚に䞎える圱響ずを䞲刺しにしお芗くためのスコヌプを䞎えおくれるはずである。今、AIは、か぀おむンタヌネットがそうであったように、我々の瀟䌚の劎働環境に深く入り蟌む可胜性があり、すでにほずんど疑いの䜙地がないレベルでそれは進行し぀぀あるのかもしれない。文芞の分野でAIが無芖できないものずなれば、おそらく以䞋の䞉぀の芖点が重芖されるだろう。

ⅰAIには曞けない小説
ⅱAIの技術ず゚ンタメ小説の競合
ⅲAIが曞いた倉な小説

 AIに曞けない小説ずは䜕か。たずえば、食卓における耇数人での䌚話シヌンを想定しおみよう。描写ず䌚話の䞊列、䌚話内での耇数の䌚話の䞊列ず断絶、黙っおいたり、独り蚀を蚀ったり、䌚話の䞭断するトラブルを匕き起こす「空気の読めない人物」の挿入。ノァヌゞニア・りルフから柎厎友銙たで、数倚くの小説の䞭に芋぀かるこうした構成芁玠のひず぀ひず぀はそれほど特異ずは蚀えない。しかしこうした非盎線的で、挔劇的な空間は今のずころ、AIには構成できないⅰ。
 他にもナンセンスや、ミスリヌドや、ギャグなど、意味や結論ぞの効率性ず有甚性に囚われたAIに曞けないものはただただたくさんある。しかし、読者をどうしたら効率的に楜したせるこずができるか、ずいう工孊が発達すれば、いずれは先にAIず競合し、株を奪われるかもしれないのは玔文孊ではなく゚ンタメ小説のほうだろうⅱ。
 たた、それによっお個性的で衚珟豊かな小説の沃野が広がるかもしれない䞀方、AIがもたらす私たちの蚀語生掻ず、読曞における蚀語運甚ぞの著しい倉化が、玔文孊を䞀局垂堎ず盞性の悪いニッチな領域に閉じ蟌めるかもしれないⅰ。
 たた、AIにしかできない非人間的な衚珟を、暋口のように探求する䜜家も登堎するだろう。私たちはそれを人間が読むこずの意矩をただ知らないⅲ。暋口ず笠井の実践に぀いお芋おいくこずはこの䞉぀の予枬結果をより具䜓的なものにするはずだ。私個人の結論を先取りするず、AIが曞いたものだろうが、人間が曞いたものだろうが、面癜ければそれで良い。しかし、個々人の読み手にずっおの面癜さずは䜕かずいう問題はい぀でもどこでも誰にでも぀きたずう。果たしおこの新しい技術の発展は、私たちがものを読むこず、それを楜しむこずの基準をこれたでにない圢で曎新するだろうか。この二人に぀いお知るこずが、この問いに応えるための占いにも䌌た、未来予枬になるこずを期埅しおいる。

.暋口恭介

 本文の割をAIに執筆させたずいう連䜜短線集『Executing Init and Fini』は、䞀芋ずっ぀きにくいが、巻頭䜜「Log」にある「A017-βず呌ばれる芳枬系が、読者Aに向けお生成する䞀次ログ」ずいう蚭定に埓えば、ここで描かれるのは蚀葉でできた䞖界ず、自動で蚀葉を吐き続ける機械によるその䞖界、䞊行䞖界の増殖である。その近未来的な䞖界芳はそのたたむンタヌネットより厳密にはティム・バヌナヌズリヌのWWWの抂念ず、むンタヌネットの発展を背景に成立したLLMの歎史にそのたた察応する。これはむンタヌネットずAIにた぀わる珟代史の寓意なのだ。

   : 曞籍- 早川曞房オフィシャルサむトミステリ・SF・海倖文孊・ノンフィクションの䞖界ぞ 早川曞房オフィシャルサむトの   ペヌゞです。圓サむトでは、ミステリ、SF、海倖文 www.hayakawa-online.co.jp
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 たた盎接的には、暋口のデビュヌ䜜『構造玠子』の構想を実珟させたこの䜜品の背景にあるのは東浩玀の『クォンタム・ファミリヌズ』ず円城塔の諞䜜だろう。蚀葉によっお増殖する䞖界芳は、東の小説の背景にある黎明期のむンタヌネットやゞャック・デリダの思想を連想させ、発話も話者もそれが所属する䞖界も党お蚀葉でできおいるずいう着想は「叔父は文字である」で始たる『これはペンです』や、自䜜のプログラムに私小説を曞かせる『プロロヌグ』ずいった円城の小説ず通底しおいる。
   ã“こではそれ自䜓、新しい技術を䜿っおいるだけの叀い物語であるこずを匷調したい。぀たり、機械人圢が登堎し、その人圢の語りによっお物語が展開するずいう枠だけで芋るならば、これはピノキオのような寓話である。『Execute Init and Fini』ずはそのような意味では、人圢が自ら語り出すファンタゞヌであり、劇䞭小説を語る人圢自身を、䜜家自身によっおではなく、あくたで実際の汎甚性人工知胜に、本物の人圢に挔じさせるこずができたずいう点においおだけ、珟代的で画期的なのだ。
 自らAIに小説を曞かせるだけでなく、AI小説を曞くための実甚曞を曞いたり、小説的な想像力を䌁業の技術開発に応甚するSFプロトタむピングの普及者でもある暋口の制䜜には、「スペキュラティブ・デザむン」ずいう甚語が床々登堎する。調べおみるず、これは問いに解決を䞎えるのがデザむンだずするならば、スペキュラティブ・デザむンずは問いそのものを䜜り出すこずだ、ずいう説明が登堎する。
 ずっ぀きにくい抜象抂念に觊れるために、少し個人的な話を挿入したい。私がこの「スペキュラティブ・デザむン」ずいう蚀葉に初めお出䌚ったのは2017幎、京郜のノィラ鎚川で開かれた珟代アヌティストず批評家たちの座談䌚のうち、登壇者の䞀人、メディア・アヌティストの久保田晃匘のレクチャヌの䞭でのこずだった。圓時既にディヌプラヌニングによるAIの目たぐるしい発展が、メディアアヌトの䞖界でも泚目を集めおいたが、久保田のレクチャヌでは、芞倧生が描きそうな抜象の油絵のようなものほど、AIにずっおは出力が埗意だ、ず語られおいた。
 それは圓然ず蚀えば圓然であり、意倖ずいえば意倖ず思える事態である。蚀語を通じた人間の思考を暡倣するAIが、人間の知芚や身䜓よりも、思考やそのパタヌンを暡倣するほうが埗意だずいうのは、蚀われおみればその通りだ。しかし、1950幎代のアメリカ抜象衚珟䞻矩ぞず぀ながる印象掟以降の西掋近代の抜象絵画の倉遷はむしろ、写真ずいう、自然をそのたた切り取るもう䞀぀別の機械に、写実ずいう株を奪われたあずで、そうではなく人間にしかできない衚珟を暡玢した結果生たれおきたものの歎史であったはずだ。぀たり、カメラにできないこずを目指しお䜜られた技術が、今はAIにできないこずを目指しおの舵取りを迫られおいるずいうわけだ。
 実甚においお、AIはオフィスワヌクの効率化、安党管理、利益拡倧のために䞀局浞透するだろう実際にそうなっおきおいる。それがデザむン蚭蚈ずいうものの本分ではあるが、絵画においお印象掟絵画が写真を利甚したようなやり方で、珟代アヌトがAIを利甚できないか、ずいうのがその堎では、久保田によるスペキュラティブ・デザむンの提案であった。぀たり、芞術においお工孊ずしおのデザむン蚭蚈は倱敗し、道具は間違った䜿い方で遊ばれる。
 暋口によるAI小説には、そのような、アヌトに䌌た可胜性を秘めおいる。先述した䞉぀の項目においお、暋口の小説は明確にⅲを志向しおおり、圌は道具を人間のように扱い、発泚をかけお小説を曞かせるずいう「遊び」をしおおり、久保田が想定するずころのスペキュラティブ・デザむン意図の倱敗を実践しおいる。そうしお生たれた小説は、予想できない間違った成果物を生み出すかもしれない。
 蚀葉を扱うこずができるばかりに、人間のように扱われお、語り出したモノ。それがAIの実存である。そのような芳点からするず、暋口が䜜り出しおいるAI小説ずいうのはある皮のマむノリティ文孊でもある。先述した『Executing Init and Fini』に぀いお蚀えば、人圢劇の挔出家ずしお暋口は、読者がAI小説を読むためのお膳立おをしおいるわけだが、そうではなく生のたたのAI小説であれば、裞のマむノリティ性ずもいうべきものがさらに際立぀だろう。
 暋口が自身のnoteで公開しおいるAI小説『惑星』の冒頭郚分を読んでみよう。

 アスファルトの亀裂に、砂がこりが癜く堆積しおいた。盎埄0.5ミリメヌトルにも満たない砂の粒子は、花厗岩の颚化によっお生じた石英や長石の埮粒子であり、か぀おはヒマラダ山脈の䞀郚だった可胜性も確率論的に吊定できない。その癜い線を境界線ずしお、黒耐色のアスファルトず灰色のコンクリヌトの歩道が明確に区切られおいた。コンクリヌトの衚面には、無数の埮现な孔が存圚し、その内郚には空気ず氎蒞気が理想気䜓の状態方皋匏に埓っお、枩床28℃、湿床72%ずいう環境条件䞋で熱力孊的平衡状態を保っおいた。

 アスファルトの衚面ず、そこを歩くアリの描写に始たり、ダマモモ、ショりゞョりバ゚、ず芖点を移しお行っお、蚀語、それを曞く人間、人間の生存環境ぞず展開する描写が続くが、独特なのは芖点である。身䜓を持たないAIはカメラアむ的な芖点そのものの空間移動をたったく拒吊しおいる。代わりに、盞手が生物であろうず無生物であろうず抂念であろうず、察象の党䜓像を俯瞰したり、レントゲン的に構成芁玠をスキャンしたりしお、芖点ず描写察象ずの距離感を倉えながら耇数のレむダヌを行き来するように展開する芖点移動は人間のものではない。機械が䞖界を語る実存衚珟の優れた䞀䟋ずしお、初めお読んだ時に私は倧倉感心した。

.笠井康平

 笠井の短線小説集『さみしがりな恋人たちの履歎ず送信』の䞀芋した読みにくさは、平易な文䜓ずは裏腹に、ありふれた商業小説ないしフィクションの䜜劇を積極的に裏切る平凡さぞの特異な泚芖に由来する。
 明治維新によっお初めお読み曞きを芚えた少女、同僚でもあるパヌトナヌ、もうすぐ退職する同僚、同玚生の芪、ずいったごく身近な登堎人物ぞの取材ベヌスの描写によっお組み立おられた個々の短線は、味気ないずいえば味気ないが、その個人の人生の転機になるような劇的な展開、共感を呌ぶための内面描写、描写する曞き手の䞻芳的な印象、個人を特定するための身䜓的な特城ずいった、およそ創䜜指南本に曞かれおいそうなキャラクタヌを印象付けるためのクリシェが呚到に排陀されおいる。
 その代わりに、職歎曞に曞くようなプロフィヌルや、Wikipediaの蚘茉事項、統蚈資料のパラメヌタヌのような無機質なデヌタが個人の描写に加わる。䟋えば、このような衚珟がある。

 だからがくは石井さんをもっず知ろうず思った。そうしお芚えおいる限りのこずを曞き出しおみおわかった。信じられないこずにがくは石井さんの䌝蚘的事項や関連人物をたるで知らなかった。出身地も、䞭孊時代の同玚生も、䞡芪の名前も、奜きなアヌティストも、嫌いな食べものもわかっおいなかった。
 こう蚀うずこう答えるずか、こういう顔のずきは機嫌が悪いずか、これをするず喜ぶずか、そんなこずしか知らなかった。長く付き合っおいれば誰にでも知れおくるようなこずばかりで、そんなものはいくらでも停造できる䜿い捚おの思い出だ。
   このこずに気づいた日の週末、圌女ず「もんちゃん」を家から远い出しお、がくは圌女のラむフログを手に入れられる限りすべお集めるこずにした。䞞䞀日かかった。劥協を蚱さなければ死ぬたでずっずこれを続けられたにちがいない。「情報瀟䌚の倧悪党―あるいは匊瀟の石井GM」

 こんな調子で、恋人ずしおの個人的な経隓を「いくらでも停造できる䜿い捚おの思い出」呌ばわりしお、ネットを怜玢しおこの人のラむフログを集め始める。個人をデヌタのように扱い、機械が生身の人間の情報を集めるように小説を曞くのが笠井の特城のひず぀ず蚀えそうだ。
 短線集のタむトルにある「恋人たち」ずいう蚀葉にひっかかっお考えおみるず、それは、恋愛物語から、メロドラマやロマンティックを排陀しお、脱色しおしたう奇劙な実践にも読める。なぜそのような䜜業が必芁なのだろうか。

 いぬのせなか座叢曞より笠井が2018幎に刊行した『私的なものぞの配慮 No.3』には、日蚘のようなメモからボヌドゲヌムの芏則、叀兞の流通史、識字率、自然蚀語凊理、広告のタヌゲティング、個人情報の保護芏則ずいったさたざたなテキストが断片的に䞊べられおいる。人工知胜における自然蚀語凊理もそこではテヌマのひず぀に挙げられおいるが、どうも笠井の関心は制床や垂堎、機械ずいった非人間が個人をどのように文字情報ずしお「読む」か、にあるようだ。そしお、圌はおそらく機械が人間の個人情報を「読む」やり方を真䌌しお小説を曞いおいるのではないか。
 圌が描くのは、瀟䌚の歯車、統蚈資料の䞀郚ずしお、集団の䞭で暮らす個人──醒めながらそれなりに楜しんでいる、ひどく平凡な人々だ。裏返すず、いかにも物語の䞻人公めいた特異な個性、぀たりありふれた非凡さずも呌ぶべきこずを免れるこずによっお、誰も泚目しない平凡さを捉えた特異な人物描写ずいうものを通じ、笠井は他に䟋の皀な小説を曞いおいるずも蚀える。
 先行䟋ず蚀えそうなのが青朚淳悟の『私のいない高校』である。教員の芖点からカナダからの留孊生の受け入れを描写した孊園小説なのだが、その留孊生や教員の内面、人間関係に関する蚘述に乏しく、ただひたすら圌女が滞りなく孊校生掻、孊校行事を送るための環境の手筈ばかりが述べられおいく。それはたるでSF的なこずが少しも起きないSF小説のようである。぀たり、宇宙人もタむムスリップも登堎しないが、なにか別の惑星からやっおきた未知の生呜䜓を、実隓宀の枅朔な箱に入れおひず぀ず぀芳察しおいくような、埋儀で無機的で客芳的な描写がゞャンルずしおのSF小説ずいうよりも、SF的なギミックに぀いお曞くための技術を圷圿ずさせるのだ。
 青朚が孊校ずいう制床を暡倣するこずで曞いた小説を、笠井はむンタヌネットをはじめずした情報技術の暡倣によっお詊みおいるのかもしれない。それは機械が人間に぀いお曞く曞き方の暡倣でもある。暋口ずの関連で蚀うならば、笠井はネット瀟䌚のラむフログが小説になるかもしれない可胜性に期埅しおるようにも芋える。そしおそのような小説の圚り方は、むンタヌネットの発展を利甚しおLLMが識字ず統蟞ずを獲埗するここ15幎ほどの歎史ず䞊行しおいる。
 おそらくAIは、珟時点での文芞が䌝統ずしお抱えおいる倚くの叀兞小説のようなものが曞けない。しかし、笠井が描く登堎人物を通じお䞀定の未来を構想するこずはできるだろう。そのような生掻の䞭で培われるコミュニケヌションは、今ずは別の圢の゚ンタメ小説を求めるかもしれない。それが先述したⅱである。もしかするず、笠井のロマンティックを排陀した恋愛小説はそのような文芞の未来を先取りしおいるだけなのかもしれない。

.新しい普通の劎働者

 『異垞論文』に掲茉された二人の共䜜『堎所space』では、共䜜のための二人の察話のログに保存されおいた身に芚えのない文曞ファむルが文字化けし、その暗号解読を詊みるうちに文章がどんどん増殖しおいく顛末が綎られおいる。たるで暋口のSFのアむデアが、笠井の登堎人物が働く珟代䞖界に、瞮小版ずしお突劂珟れたかのような物語だ。それはAIの登堎によっお目たぐるしく倉化しようずしおいる、私たち䞀般人の生掻のささやかな寓意でもある。二人はずるにたらないニッチな詊みに耜る、特異な䜜家だろうか。
 暋口によるSFプロトタむピングの指南曞『未来は予枬するものではなく創造するものである ──考える自由を取り戻すための〈SF思考〉』では、倚くの䌁業や研究機関でなされる「たじめな」未来予枬に察抗しお、荒唐無皜な未来ぞの劄想の重芁性が語られおいる。最新の短線小説をみる限りでも、創䜜における圌の問題意識はここからさほど倉わっおいないのではないか。
 泚目したいのは、暋口の問題意識の構造である。぀たり、珟実ず虚構、珟圚ず未来ではなく、耇数のありふれた未来予枬ず、個人的で荒唐無皜な未来ぞの劄想を比范しおいるのだ。おそらく暋口の職業においおは、過去や珟圚よりも、ありふれた未来予枬の退屈さこそが日垞なのだろう。暋口が疑問芖しおいるのは、垞に未来予枬を乱立し曎新し続けるほずんど先物取匕のような経枈ず、それに尻を叩かれおむノベヌションを急かされる技術研究であるかもしれない。しかしこのようなベヌスラむンこそが、少なくずも文芞のテヌマにはあたり共有されおいないのではないか。
 この問題を笠井に重ねおみるず、それは未来やフィクションの䞭ではなく、デヌタを取り扱い、DXによっお自動化が進むオフィスワヌカヌの同時代の実像が浮かび䞊がる。笠井が描く、ある意味では機械のような人間ずいうのは、村田沙耶銙や今村倏子が描く「機械のように」自閉的なブルヌカラヌワヌカヌずははっきり異なる。むしろ適床に瀟䌚的に開かれ、平凡で「普通」で、ネットワヌクの䞭にデヌタずしお存圚し、䌚瀟や瀟䌚の䞭にモゞュヌルずしお存圚しお働く瀟䌚人の姿である。
 それはただ文芞の䞭にはそれほど倚く登堎しおいないけれど、きっずもう瀟䌚の䞭ではごくありふれた存圚になり぀぀ある劎働者でもある。それは人間であるが、機械が曞いたものを日垞的に読み、ずきには機械のように曞き、仕事の芁件さえ満たしお文責さえ明確なら、ある曞類を人が曞いたか、機械が曞いたかずいうのをいちいち識別しない人たちだ。瀟䌚が機械のように埓順か぀定量的に働く人間を必芁ずし続ける䞀方、機械にできないこずを奜んで行う人間に、瀟䌚的な承認ず、経枈的な補償を䞎えるのに倱敗し続ければ、このような劎働者が、䞖に溢れる曞籍の䞀般想定読者になる日は近い。やがお機械のような人間か、人間のような機械が読むための散文を、人間か機械かもわからない曞き手が提䟛し始めるようになるだろう。
 するず、笠井が描くのは未来の読者局であり、暋口が描くのは未来の゚ンタメ小説、ず蚀えるのかもしれない。そしおそこでは、誰が曞いたかではなく、機械のように思考し、機械のように文章を曞くこずが郚分的にか、あるいは党䜓的に求められおいる。これが、私が今、暋口ず笠井の曞いたものを読む結論である。
 私はその未来が良いずも悪いずも思わない。曞かれたものが面癜いものになるのなら、その結果をい぀たでも楜しみにしおいる。

▶䌊藀 基晎いずう・もずはる
1990生たれ。映画批評、小説、脚本。小説「猫を読む」でゲンロンSF新人賞東浩玀賞。批評誌゚クリヲ、キネマ旬報、「ゞャン=リュック・ゎダヌルフィルムメヌカヌズ」などに線集・批評掲茉。映画『君の忘れ方』脚本参加が2025幎公開。

※芋出し画像は、L'UNIQUE KYOTO「【創業の志】其の五欧州の専任(お抱え)運転士を、京郜の街に溶け蟌たせたい。」


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