「みんな我慢してる」は、我慢する理由にならない
仕事に、家事に、育児に追われていた頃の話だ。
毎日、目の前のことをこなすだけで精一杯だった。それでも、頭のどこかでこう思っていた。みんな頑張ってる。みんな食らいついてる。みんな、なんとかしてる。だから、自分もなんとかしなきゃ、と。
誰かに「我慢しろ」と言われたわけじゃない。自分で自分に、そう言い聞かせていた。
「みんな我慢してる」という呪い
いま振り返ると、この「みんな我慢してる」という言葉は、けっこう厄介なものだった。
何が厄介かというと、他人と比べることで、自分の限界を無視させてしまうところだ。
周りの人が平気そうに見えると、「できていないのは自分だけ」という気がしてくる。だったら、自分が甘えているだけだ。もっと頑張らなきゃ。そうやって、自分の「しんどい」に蓋をしていく。
でも、当たり前だけど、人それぞれ限界の位置は違う。体力も、事情も、抱えているものも違う。それなのに、「みんなできてるから」という理由だけで、自分も同じ基準でできて当然だと思い込んでいた。
そうやって、自分で自分を追い込んでいた。
2回目の休職で、言われたこと
その考え方が変わったのは、2回目の休職のときだった。
医師に、こう言われた。メンタルの不調を抱える人は、頑張りすぎてしまう傾向がある。だから、6割くらいでちょうどいい。それくらいに抑えると、感情の浮き沈みも小さくなっていく、と。
正直、最初は半信半疑だった。6割なんかで、生活が回るのか。そんなの、ただのサボりじゃないのか。長いあいだ「100%頑張るのが普通」だと思っていた自分には、6割という感覚が、うまく飲み込めなかった。
でも、実際にやってみて、驚いた。
本当に、そうだったのだ。全部に全力で食らいつくのをやめると、気持ちの波が、目に見えて穏やかになった。あんなに上がったり下がったりしていた感情が、少しずつ、落ち着いていった。
できない我慢は、しなくなった
もちろん、いまでも我慢する場面はあります。頑張らなきゃ、と思う瞬間だってあります。それが完全になくなったわけではありません。
でも、決定的に変わったことがあります。
「ずっと我慢しなきゃ」「ずっと頑張らなきゃ」では、なくなったんです。
できない我慢は、しなくなりました。無理だと感じたことは、無理だと認めて、手放せるようになった。前の自分だったら、歯を食いしばって抱え込んでいたであろうものを、「これは今の自分には持てない」と、置けるようになった。
大事なのは、全体で無理していないか
この経験から学んだのは、こういうことです。
大事なのは、一つひとつの我慢をするかしないか、ではない。「全体で見たときに、自分が無理をしていないか」を、調整することなんだと。
一つの我慢だけを見れば、「これくらい耐えられる」と思えてしまう。でも、そういう小さな我慢が積み重なって、気づいたときには、全体として限界を超えている。だから、個々の我慢に耐えられるかどうかより、トータルで自分がすり減っていないかを見る。そのために、手放せるものは手放す。
全部に食らいつこうとしなくていい。
「みんな我慢してる」は、あなたがこの先も我慢し続ける理由には、なりません。あなたの限界は、あなただけのものです。誰かの基準に、合わせなくていいんです。
お金の不安も、我慢して抱え込みがちなものの一つでした。休職中のお金で実際につまずいたことは、こちらに書いています。
