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第9章:日本は、何を変え、何を残してきたのか —— 変わりながら続く文化の不思議

前回はこちらです。

仏教が日本へ伝わったところまで書いてきた。

そこで、一つの疑問が残った。

日本は、どうしてこんな国になったのだろう。

私は昭和の終わりに生まれ、平成を生き、今は令和を生きている。

この数十年だけでも、日本は大きく変わった。

子どもの頃にはなかったインターネットが広がり、携帯電話はスマートフォンになった。

そして今は、AIが仕事や暮らしの中へ入り始めている。

それでも、お正月になると神社へ行く人は多い。

お盆には墓参りをし、春には桜を見上げる。

その一方で、クリスマスにはケーキを食べ、バレンタインにはチョコレートを贈る。

私は子どもの頃、クリスマスを楽しんだ一週間ほど後に正月を迎えることを、まったく不思議だと思っていなかった。

でも、このシリーズを書き始めてから、その当たり前が少し気になるようになった。


1. 日本は、変わらない国ではなかった


縄文から弥生へ時代が動き、大陸から人や稲作、鉄器、漢字が渡ってきた。

やがて仏教も伝わった。

歴史を振り返ると、日本列島は驚くほど多くのものを外から受け入れている。

私は以前、日本は昔から変わらない国なのだと思っていた。

古い文化を守り、同じものを長く残してきた国なのだと、なんとなく考えていた。

でも、調べれば調べるほど、その見方は少しずつ変わっていった。

明治維新では、政治も制度も暮らしも大きく変わった。

大正には、西洋文化と日本文化が重なる独特の空気が生まれた。

昭和には戦争と敗戦、高度経済成長があり、平成にはインターネットが広がった。

そして令和では、AIが当たり前のように使われ始めている。

日本は、変わらなかった国ではない。

むしろ、何度も大きく変わってきた国だった。


2. それでも、続いているように感じる


ここで、もう一つ不思議なことに気付く。

これほど変わってきたのに、日本はどこか「続いている」と感じる。

神社は残り、季節の行事も続いている。

昔話も、形を変えながら語り継がれてきた。

政治の形が変わっても、皇室という存在は役割を変えながら残っている。

昭和の面影が残る商店街の近くに、最新のビルが建つ。

神社の隣で、スマートフォンを見ながら歩く人がいる。

古い時間と新しい時間が、同じ場所に重なっている。

私は、この感覚をうまく説明できなかった。

日本は昔のままではない。

それでも、どこかで昔とつながっているように感じる。

この「変わっているのに、続いている」という感覚は、どこから来るのだろう。


3. 神と仏は、なぜ同じ場所にいられたのだろう


前の章で書いたように、仏教は海を渡って日本へやってきた。

新しい宗教が広がると、古くからの信仰との間に対立や再編が起きることがある。

日本でも、仏教が最初から何の抵抗もなく受け入れられたわけではなかった。

それでも、神々は消えなかった。

仏教もまた、この土地に根づいていった。

神社のそばに寺が建つ。

神の前で経が読まれる。

鳥居の向こうに、仏教の気配がある。

違うはずのものが、同じ風景の中に置かれていた。


教科書では「神仏習合」という言葉で説明される。

でも私は、その言葉を覚えるだけでは少し足りない気がしている。

神を守るために仏を拒んだのでもない。

仏を受け入れるために、神をすべて捨てたのでもない。

両方を同じ土地の中に置こうとする動きがあったように見える。

それは、日本という文化を考える手がかりの一つなのかもしれない。


4. 同じ景色が、何度も現れている


縄文から弥生へ進み、神話を読み、漢字や仏教が海を越えてきた過程を追ってきた。

その途中で、似た景色が何度も現れていることに気付いた。

外から何かが来る。

それまであったものと出会う。

新しいものが加わる。

でも、前にあったものがすべて消えるわけではない。

しばらく並び、重なり、形を変えていく。

ここまで書いてきた範囲では、私にはその流れが何度も現れているように見えた。

漢字は、中国語の文字のままでは終わらなかった。

日本語を書くために使われ、ひらがなやカタカナも生まれた。

仏教も、インドや中国で育まれた形が、そのまま日本へ移されたわけではない。

日本列島にあった神々や暮らしと出会い、別の形になっていった。

来たものをそのまま保存するのでもない。

昔からあったものを、そのまま守るのでもない。

その間で、何かが作り直されてきた。

私は、その繰り返しが気になり始めた。


5. 守ってきたのは、昔の形ではなかったのかもしれない


日本人は、昔の文化をそのまま守ってきたのだろうか。

そう考えると、少し違う気がする。

文化は変わっている。

服装も変わった。

食事も変わった。

政治の形も、働き方も、言葉も変わった。

天皇の役割も、古代、武家政権、近代、戦後で同じではない。

神社のあり方も、神仏習合や神仏分離を経て変化してきた。

何も変えずに残してきたわけではない。

むしろ、変えることで残してきたものもある。

私は、日本人が大切にしてきたのは、昔の形そのものではなく、過去とのつながりを完全には切らないことだったのではないかと思い始めている。

ただ、これはまだ答えではない。

今のところ見えてきた、一つの仮説にすぎない。


6. 日本は、何を変え、何を残してきたのだろう


私は、このシリーズを書き始めたとき、「日本人はどこから来たのか」を知りたかった。

人は海を渡ったのか。

神々はどこから来たのか。

神話には、どんな記憶が残っているのか。

そんな問いを追いかけてきた。

でも今は、少し違うことが気になっている。

日本は、何を受け入れてきたのか。

何を作り替えてきたのか。

そして、何を残してきたのか。

仏教を受け入れても、神々は消えなかった。

新しい時代になっても、古い時間がすべて消えたわけではない。

私は昭和の終わりに生まれ、平成を過ごし、令和を生きている。

この短い時間の中でも、日本は大きく変わった。

それでも、正月の神社や、お盆の墓参りや、春の桜を見ていると、どこか昔とつながっているように感じる。

受け入れたのに、失わなかったものは何だったのだろう。

その答えは、まだ分からない。

だから、もう少し旅を続けてみたい。

次の章では、長く重なっていた神と仏が、なぜ分けられることになったのか。

明治という大きな転換点から、その線引きの理由を考えてみたい。


人類の移動から日本神話までをたどるこのシリーズは、こちらのマガジンにまとめています。


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