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エッセイ わたしはミス積読
本屋が好きだ。
行くたびに新しい出会いがある。
先日本屋に行くと、『いい子のあくび』が文庫化されていた。単行本の時から気になっていたので、思わず手に取りそうになったところで動きが止まった。
「家に一体何冊の積読があると思っているんだ。」
と、冷静な私が呼びかけたからだ。
落ち着け、自分。
と思いつつ、もう3歩くらい進んだ先に、ピンクの地に青色の文字で『世界で一番美しい病気』と書かれた可愛らしい装丁の文庫本を見つけた。
気になりすぎる。
が、私の机には今月読むべき本7選が積まれている。
さらに、本棚にたくさんの読みかけの本ともう一度読みたい本が控えている。
にもかかわらず、次々に本を買ってしまう私はミス積読を自称する。
積読界であれば、ミスの称号を手に入れられるのではないかと思うくらい積読している。
そもそも、私は25年間の人生において読書家だった瞬間なんて一度もなかった。
幼稚園の頃から、映画『ハリーポッター』に出てくるハーマイオニーに憧れて、ガリ勉・読書家女子を志していた。そのため、一丁前に図書室で本を借りていたが、実際たいして読んではいなかった。
いま思えば、この時からミス積読の片鱗が見えていたのだ。
そんな私も、エッセイなどの読みやすい本から入り、少しずつ本を読むようになったが、読書家というまでではない。
それでも、本屋に行っては気になる本が無数にあり、そのうちの数冊を手に取り、いつの間にかレジにいる。
これはもはや何かの禁断症状なのではないかと思ってしまう。
つまり、どう考えても本を読む時間が足りない。
もはや週5日も働いている場合ではない。
ただ、働かないと本を買えないというパラドックスが私を拘束するので、結局私は働くのだ。
