【勝手に読書感想部】生殖記:朝井リョウ
[作品紹介]
この物語の語り手は、達屋尚成が生まれたときから見守ってきた。
同性愛個体である尚成は、ただこの世界で生き残ることを念頭に、心を殺し、マジョリティの中に擬態しきた。
体育の授業で体操マットをみんなで運ぶ時のように、"手は添えて、だけど力は込めず"の精神でなんとか排除されないように生きてきたのだ。
[感想]
以下、ネタバレを含みますので読まれてない方はご注意ください
すっごい独特。
独特の語り手、独特の視点、独特の切り口。
事前情報なしで読み始めたのですが、こんな読書体験は初めてです。
ふざけているように見えても、読み進めてみると本当に真面目で哲学的。
本当に重たいテーマで、わたし自身、深く考えさせられる機会をもらえました。
作品にならって、わたしも登場人物を"個体"と呼ぶようにしましょう。笑
常に均衡、維持、拡大、発展、成長を求められながら生きていくのは、確かに辛くなることはあります。
「生産性」のある状態でなければ許されないこの世の中の雰囲気は、なんとも言えない厳しさがありますよね。
同性愛・異性愛個体に限らず「生産性のない個体」だと判断されてしまった場合、世界は簡単にその個体を排除しにかかります。
共同体の一部でいることになんの違和感も感じずに、ただ「今よりもっと!」と、成長拡大し続けなければいけない・・・この風潮が、そうでない者を自然と排除している。「生きづらさ」をつくっている。
だからどうしろ、って、決して別の価値観を読者に押し付けてくるわけじゃないんです。
そういうわけじゃないけど、そんな世の中の構造がきちんと見えていますか?あなたはどう捉えますか?と、問題提起されているように感じました。
異性愛個体という「神」がつくる「多様性」というなんとなくのブームかぁ・・・『正欲』を読んだ時と同様、耳が痛いというか、心苦しいものがありました。
同性愛個体故に、"均衡、維持、拡大、発展、成長を求められる世界"から排除される立場に置かれた尚成は、そんな世界からいち早く離脱し、共同体の一部であるとうまく擬態しつつ空気を読みつつ、色んなことを割り切って生きていました。
その姿は、不自由でありながら、この本に出てくるどの個体よりも自由であったように感じます。
自由で、孤高な存在。
共同体感覚について熱く語る颯や、真剣に性的な悩みを打ち明ける樹の話を聞いているふりをして、適当に受け流しているシーンは印象的でしたね。
本当にどうでもよそさそうで、完全に飽きている。
語り口がコミカルだからちょっと笑えるけど、なんとも切ない気持ちになりました。
同じ境遇を抱えながらも、成長の方に身を振っている颯の姿は眩しかったですね。あの焼き鳥屋さんで、もう一歩尚成に踏み込んでくれてたら、何か変わっていたのでしょうか。
ただただ受け流し、手放し、時間を消費している尚成の日々にちょっとでも喜びや楽しいことがあるといいなと願いわずにいられません。
