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私は、指針に何を見ているのか⑤|見えない日常を、見えるようにする。

立ち寄ってくださり、ありがとうございます。

いよいよ、指針シリーズ最終回となりました。
今回は、「評価」について。
並走していただけたら、嬉しいです。


私は、はじめ「評価」に戸惑いました。
保育の現場にはそぐわない言葉ではないか。

けれど、
私は今、「評価」こそ
保育を支えてくれるものだと、
そう思っています。



「評価」を理解する

まずは、なぜ「評価」が保育にそぐわないと
感じるのか。

評価…物の価値や価格を(論じて)決めること。 
〔教育で〕学習成果について判定すること。

新明解国語辞典 第八版

私たちがイメージするのは、
ABCDで振り分けられた通知表。
定められた基準に基づいた
“学習成果についての判定”だと思います。

しかし、評価のもうひとつの意味は
価値を決めること
と書かれています。


評価と反省

私が最初のころ書いていたのは、
反省 でした。

反省…自分の今までの言動・あり方について、可否を考えてみること。

新明解国語辞典 第八版

他にも調べてみると、
反省とは“批判的な視点で検討すること”
とありました。

事例を用いて比較してみます。

反省
「泣いて登園していたが、泣かずに朝離れられるようになった。
まだ保育士から離れて遊び出せないので、興味のある遊びを見つけたい」

評価
「泣いて登園していたが、泣かずに朝離れられるようになった。
毎朝担任が今日も会えて嬉しいよ。と言葉をかけ、スキンシップを図っていたことで、安心感が芽生えているのではないか。」

評価では、
2つ価値を見つけることができました。
・泣かなくなった子どもの姿
 →安心感の芽生え
・担任の言葉かけとスキンシップ
 →不安定な子に対する有効な手立て


反省には、

子どもがどうだったか
子どもが今どんな状態か
   ↓
今後の援助の方向性

が書かれています。

一方評価は、

子どもの今の状態
   ↑
どんな援助をしたか
その援助はどう作用したか

とあります。

反省は、
子どもの姿から次の過程を見出す。

評価は、
子どもの姿に至るまでの過程を見る。

私は、こう捉えています。


戸塚優斗選手の言葉

ご本人ではありません🏂

ミラノ・コルティナオリンピックで、
スノーボード ハープパイプ
金メダルを獲得した選手です。
以前のインタビューでこうお話していたそうです。


「勘で飛んで、運で着地していた。
いつか挫折がくることは分かっていた。」




実際に戸塚選手は、
平昌、北京2大会連続で
メダルには届きませんでした。

挫折を味わい、そこから
自分の滑りを研究して、
再現性を高めたのだそうです。


着地できたときは、
なぜ良かったのか、言葉にする。
できなかったときは、
なぜできなかったか、原因を突き詰める。


「今日は落ち着いてたね」
「なんかトラブル多かったね」


それを個人の発達や能力、性格、気分、相性に帰結しない。

“起こったこと”に対し、
状況、環境、因果関係を見つめること。
そして、言葉にすること。


オリンピックで金メダルを獲る過程と、
子どもの最善の利益を求める過程。

どんな分野でも、
より良いものを目指す過程は
もしかしたら同じなのかもしれません。

評価=正解かもしれないものを拾い集めること


これは、以前の記事に書いた言葉です。

「朝の会で、最後まで座っていられなかった。」

一見正解ではないように見えます。

でも、この“起こったこと”
に意味を見つける。

この環境や援助は、
今この子の状態にはそぐわなかった。
なぜだったのか。
この状況下だったからではないか。

評価とは
起こったこと全てを
正解かもしれないもの
正解につながるかもしれないものとして
拾い集める行為なのではないでしょうか。


評価の主語

ここで、指針を見てみます。

第1章 総則
3 保育の計画及び評価
(4) 保育内容等の評価 
ア 保育士等の自己評価
保育士等は、保育の計画や保育の記録を通して、自らの保育実践を振り返り、自己評価することを通して、その専門性の向上や保育実践の改善に努めなければならない。

保育士等による自己評価に当たっては、子どもの活動内容やその結果だけでなく、子どもの心の育ちや意欲、取り組む過程などにも十分配慮するよう留意すること。

保育所保育指針

指針では、評価にかけられている言葉は
・保育士等
・保育所
・計画に基づく保育、保育の内容

となっています。

子どもに向けられては、いません。


評価の対象となっているのは、
保育士であり、保育所であり、
保育の計画と内容です。

そして、
「できたかできていないか」
「楽しめたかどうか」
という目に見える結果だけではなく、

子どもの心の動き

を見つめて、
今の保育はどのような意味があったか
と価値を見い出す。

前出の朝の会を例に、
指針の内容をまとめてみました。



まとめー「評価」とはー

ここまでの私の考えをまとめてみます。

評価とは、
保育士等が計画に基づいて実施した環境設定や援助が、
どんな意味があったか
子どもの姿を根拠に考えること。


私ははじめ、
「評価」に強い違和感を覚えました。

保育は、長く社会から評価されてこなかった歴史があります。

「遊んでいるだけでいいね」
そんな言葉をかけられた経験のある方も
少なくないのではないでしょうか。


また、保育とは、
すぐに成果が現れるものでも
たったひとつの正解があるわけでもなく、

目に見えない
心や感情や、愛情、安心、絆、感動こそ
扱うものです。

それを、目に見える形で
判定されることに、強い拒否感がありました。


でも。

評価は、これを
良いか悪いかで判定するのではなく。

価値のあるもの とすること。


「あなたが悩みながら、
決めて、実践したことは
確かに価値のあることだよ。」

(2/2の記事「迷っても、もう迷わない」より)


評価は、
目に見えないものを扱う私たちの毎日を
見えるものにしてくれる。

私はそう思います。




ここまで、並走していただき
ありがとうございました😭✨

お気づきの通り、まだまだ
語りきれておりません。

最終回のはずが、2部作となります😭
まとめきれず…!!
険しい山に登ってしまいました…!

しかし、私の今持ち得る全てを駆使して
なんとか完走したいと思っています。

評価が保育を支えるとは。

最後の最後まで、走り抜けます。
よろしければ、どうぞご一緒に。


ここにもっと言及してほしい!
などありましたら、ぜひ教えてください!
励ましコメントもお待ちしてます!!笑


それでは次回も、よろしくどうぞ✨


指針シリーズはこちらから💁🏻‍♀️


以前書いたこの記事は、
評価に怯えていたころの話です。


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