アウシュヴィッツは「過去の悲劇」ではない。私が高校生とポーランドへ行く、本当の理由。
私が教員として今、最も情熱を注いでいること。 それは「海外研修」です。
しかしそれは、語学力の向上を目的とした留学や、名所を巡る異文化体験ツアーではありません。高校生たちを連れて、ポーランドの「アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所」へと赴く旅です。
なぜ、私がそこまでこの研修にこだわっているのか。 今日はその「原点」について書こうと思います。
10年の時を経て繋がった『夜と霧』
これまでの記事でも書いたように、私は自分のキャリアについて深く思い悩む時期がありました。「自分は一体、何に関心を持ち、何を成し遂げたいのか」。
過去の記憶を掘り下げる中で、ふと浮かび上がってきたキーワードがありました。 それは「平和」です。
人の記憶というのは不思議なもので、本当になんでもない日常のワンシーンを強烈に覚えていることがあります。私にとってそれは、高校3年生の夏、通っていた予備校の教室での一コマでした。
夏休みの世界史の講座。講師の先生が、ふとホロコーストについて語り始めました。 「600万人ものユダヤ人が虐殺された」 その途方もない数字と、人間の手によって行われたという事実に、私はただただ圧倒されていました。
その時、先生が一冊の本を紹介してくれました。 『夜と霧』。アウシュヴィッツを生き延びたユダヤ人の心理学者、ヴィクトール・フランクルが書いた手記です。
「いつか、この本を読むといいよ」
先生のその言葉と静かなトーンを、私は今でも鮮明に覚えています。 しかし、その本をすぐに手に取ることはありませんでした。
次にそのタイトルを思い出したのは、なんとそれから10年後。新婚旅行でハワイへ行く時のことでした。 「長いフライトの間に読む本を持っていこう」と考えた時、なぜか、あの高3の夏の記憶がふっと蘇ってきたのです。
ハワイという幸福で平和な場所からの帰りの機内。私はついに『夜と霧』のページを開きました。そして、日本に到着するまでの間、ページをめくる手が止まらず、一気に読み終えてしまいました。
極限状態の中で人間はどうなってしまうのか。すべてを奪われた絶望の中で、いかにして「人間の尊厳」や「生きる意味」を見出すのか。雷に打たれたような衝撃でした。
36歳、キャリアの答えが見つかった瞬間
それからさらに時が経ち、36歳になった私は、「自分がこれから残りの人生で何をやっていきたいのか」を深く自問自答していました。
その時、あの予備校での衝撃と、機内で読んだ『夜と霧』の記憶が、教員としての今の自分と一直線に繋がったのです。
「私は、将来を担う中高生たちと一緒に、平和について考えたいんだ」
そう確信しました。 そして、生徒たちと共にアウシュヴィッツへ行き、平和について深く考える海外研修をゼロから立ち上げることを決意したのです。
アウシュヴィッツと現代の日本は「地続き」である
私がこの研修で目指しているのは、単に「悲惨な歴史を学んで、平和の尊さを知る」という、いわゆる平和学習ではありません。
過去の歴史を「かわいそうな出来事」として消費するのではなく、現代の日本社会に蔓延する不寛容や分断と「地続きのもの」として捉えることです。
アウシュヴィッツの悲劇は、ある日突然、悪魔のような怪物たちが起こしたわけではありません。「自分たちとは違う」という理由で他者を線引きし、排除し、見て見ぬふりをした「普通の人々」の無関心と同調圧力の先に起きたことという側面もあります。
それは、今のSNSでの誹謗中傷や、障がいのある方、異なるルーツを持つ人々に対する日本社会の冷たい空気と、本質的に同じ根を持っているように思います。
想像力のスイッチを入れる旅
だからこそ、この研修ではアウシュヴィッツに行くだけでなく、事前学習で日本の現代の差別問題に真っ向から向き合います。
そして現地では、ポーランドやウクライナの同世代の若者、ウィーンのユダヤ人青年たちと直接「対話」をします。さらに、言葉が通じなくても心を通わせる「芸術」の力にも触れます。
「悪い人が悪いことをした」という善悪二元論を超えて、自分の中にある無意識の偏見や弱さに気づくこと。
自分とは異なる背景を持つ他者に想いを馳せる「想像力のスイッチ」を入れること。
対話を通じて、共に心地よく生きる未来を探すこと。
これこそが、私がこの研修に込める真髄であり、最大の願いです。
世界を今日明日で変えることはできないかもしれません。でも、この旅を経験した生徒たちが、自分の周りの小さな偏見や分断をなくしていく「希望の種」になると、私は信じています。
私が一番情熱を注ぐこのプロジェクトは、まだ始まったばかりです。
次回の投稿以降、すでに始まっている事前研修の様子や、現地での研修の内容などを共有させていただきます。
