「それでも人生にイエスと言う」まとめつつ雑感
クラウドワークスが進まないから「それでも人生にイエスと言う」というタイトルの本を読んだ。
著者はヴィクトール・E・フランクルさん。ナチスの収容所を生き延びた経験を『夜と霧』に記す。患者が自ら生きる意味を見出す手助けを施すことにより、精神障害を克服する心理療法「実存分析」(のちにルートヴィヒ・ビンスワンガーによりロゴセラピーと改められる)を提唱した。(Wikipediaより)
講演を文字起こしした本らしく、語っている口調で進む。翻訳文によくある口調かもしれない。強制収容所での話。土木作業で疲れた囚人には一杯のスープをやる値打ちもない、とのことで1日一度しかないスープを貰うにも帽子を脱いで(頭を下げる感じ)受け取らなければならなかった。生命にスープの値打ちもなければ、その死に一発の銃弾の価値もなくシクロンB(青酸入り害虫駆除剤)が使われた。
生産的でなくなった生命に生きる価値はない。
それは果たして正しいのか、という導入だった。
バラ色の宿命論よりも冷静な活動主義の方がマシ、理想主義と熱情を持って生きる意味があるという揺るぎない信念で新しい人間性に到達しなければなりません。
最後まで大切だったのはその人の人間性だけ、どんな人間であるかを示し続けること。創造性を発揮し、言葉ではなく行動によって生きる意味をそれぞれ自分の存在において実現するかにかかっている。それは個人的なことで、活動することによって現実に働きかける。
ここまで読んで、あまりピンとこない。私は疲れているしやりたいこともないし、今後の見通しは立たないし何もできない気がしているので。強制収容所から解放された翌年にウィーンの大学で講演している人とは出来が違う。
著者は自殺を否定する。自殺とは次の4つの理由から行われる。①身体的なもの(病気や怪我)②周囲への復讐(お前らのせいでこんなことになった的な)③生きることに疲れる④生きる意味がない。
これに対し人は楽しみのために生きているのではない、たいてい不快なことの方が多く割に合わない、決算したらマイナス。幸せは目標ではなく結果である。生きることは義務であり責務。
めちゃくちゃ力強く言い切ってくる。まだ実感はないがそうなのかな?の気持ち。
著者は講演が終わった後に呼び止められたエピソードを語る。あなたは良いですよね、自分のスクールを持っているし。私はただの洋服屋の店員ですよ、私はどうしたら良いのですか?どうしたら人生を意味のあるものにできるのですか?
それに対し、生きる意味があるか?という問いは間違っている。私はまだ人生に何かを期待できるかなどと考えてはいけない。現在が全てであり、人生は私に何を期待しているか、という問いを持つこと。どのように重大な時間が、唯一の行動をするどのような一度きりの機会がまだ自分を待ち受けているのか誰にもわからない。
自分の持ち場、自分の活動範囲において最善をつくすこと。各人の人生が与えた仕事はその人だけが果たすべきもので、すべての人間がかけがえなく代理不可能である。体験で人生を意味のあるものにしていく。
例えば、大好きなシンフォニーを聴いている。大好きな小節が耳に響き渡り背筋がぞくっとするとき「人生に意味はありますか?」と問われたらこの瞬間のためだけに生きている、と答えるだろう。それだけで意味があるとのこと。
人生は私に何を期待しているか!考えたことなかった。ちょっとは良くなりたい、とかこれはやった方がいいな、くらいで主体性がない人生を送ってきてしまった。著者はめちゃくちゃハードルを下げてくれる。活動することによって、愛することによって、苦悩することによってどう振る舞うか、それが人生の問いに答えることになる。苦悩が目の前にあるとき、それが可能なら運命を変える、不可避なら引き受ける。生きるとは問われていること、答えること。人生はそれ自体が何かであるのではなく、人生はなにかをする機会である。
最低ラインまでハードルが下がった!ただ、人間の共同体にとって唯一であることに価値がある、共同体に貢献する価値、と言われて気分が沈む。今属している共同体はもう属したくないので脱出を考えている。はやく関係無くなりたい。
ハードルを下げたのか上げたのかわからないが、次の章では病気になってもそれを超えることができると励ましてくれる。まず、精神が病気になることは絶対にありえない。
精神が病気になることはあり得ないが心理的に具合が悪くなることはあるらしい。著者はお医者さんだったらしく、患者さんの話を例にあげて、悩まなくなるのも病気とかなんとか。この辺りの流れは何を言ってるかわからなかったので考えるのをやめる。
著者が強制収容所にいたときは、食べるもの、空腹、寒さ、眠るとか働くとか殴られるとか人間に相応しくない問題を考えていた(私は働いてるとき程度は違うが結構な割合でこんなことしか考えていなかったと思う、殴られはしないけど)人間らしい苦悩ができることに恋焦がれた(だから収容所の外にいる我々は恵まれているという話?)。
素晴らしい患者さんの例を出して死の直前であっても立派な人間として振る舞うことには意味がある、と語る。足を切断して泣いている患者さんに「あなたが短距離走の選手であれば選手生命を断たれて泣くのもわかりますが、あなたは専門的知識で活動し名をなした人です。ただ片足を無くしただけで生きる意味が無いはずないでしょう」と言って励ましていた。著者は強いからあまり寄り添わないタイプの人かな、若干の欺瞞を感じる。
死と病は贈り物、病気に対してどんな態度をとるかで人間らしくなれる。
「非生産的な個人」は殺害しなければならない、という考え方があるが、どんな病気でも未来に治る可能性がある。ごく僅かな不治の患者を殺害する手段に頼らざるを得ないほど経済的に悪化している国はとっくの昔にだめになっている。
人生という問いは、ただいつも自分の人生に責任を持って応答することで答えることができる。
著者はカウフェリンク(ドイツ)の収容所にいたらしい。飢餓水腫でパンパンに腫れ上がった足は40キロの体重でも支えることができなかった。怪我をしていたし膿んだ靴擦れと霜焼けのひび割れだらけ、朝から日に一回だけ食べられるスープのことばかり考えていた。著者はもっと人間らしいことで悩もうと、すべてが終わってこの状況を理論的に考察していることにしたそうだ。未来の視点から強制収容所の心理学を考えてみる。
第一段階:収容所では95%がガス室送り、5%だけが"本物の"シャワー室に入れられて持ち物を取り上げられる。それまでの人生の何も残らない。いずれガス室送りになるのでわざわざ自殺はしない。働ける人間だけが生き続けて良いとされるので健康そうにふるまった。
第二段階:無感覚になる。情緒は最低限。1日をなんとか生き延びることに全力。原始的な存在になり、隊列(5列)の真ん中を勝ち取り目立たないことだけが何よりも大切。心が囚人になるのは精神的な支えを無くしたときだと周りの囚人を見て思う。そんな中でも死を自分のものとして死んだ人がいたらしく価値があると思ったとのこと。
第三段階:解放された囚人は喜ぶということを学び直さねばならない。ある人は解放されたあとの幸せで頭がいっぱいになり、幸運に感謝するばかりで外界と関わらなくなり何もできなくなった。ある人は不幸になり、わずかな希望があった収容所での生活に戻りたいと言う。幸せになれるという可能性は幸せではないという確実なものより上らしかった。あとは収容所を出てから出会った人(罪の意識を持たれたり共同体のせいにしたり、うちの親戚にも迫害の該当者がいるから、あの世論には同調しなかったと言う人とか)の説明が入った。
第三段階で収容所から解放されているのにちょっとびっくりしたし、収容所を出てから出会った人リストはなぜ取り上げたのかわからなかった。冒頭も宿命論を熱心に取り上げていたので時代的なものかもしれない。
このあたりで苦悩は人それぞれで比べられないが、今日これよりマシな状態にある私たちが行動できないことはない。人生はそれ自体に意味があるからどんな状況でもイエスと言おう、とまとめに入った。
行動しないで頭で考えるだけだと病むので、言ってることはわかる。人生から問われているというのは思っていたことと逆の発想だがしっくりくる。この世の事象でロシア的倒置法がハマることがあると思わなかった。ソビエトロシアでは、人生があなたを問う!
自分だけの人生、良くても悪くてもイエス!で行動するメンタルを身につけたい。でも苦悩にも意味があるから。。人生は私に何を期待しているのか。人生は何かをする機会だと割り切って、気の済むように動く!
自分の活動範囲で最善を尽くしたい。行動によって実現する。やる気の出る良い言葉だ。
